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主に作業療法、時折音楽のことを、酒を飲みながら書いていきます。


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こんにちは。

金曜日はビールを二本くらい飲むことにしてるのだけれど、飲んだ後に皿洗い、今日は更に洗濯物干しまでしたため、すっかりさめてしまいます。金曜日深夜、今はお土産でもらった泡盛が3本もあるので消費するため飲んでます。43度、全然減らないのに強い。いやはや。

なんとなく、月間でも、二か月に一回でもないのですが、酒を飲んで他の作業ができないときには書くことにします笑。



 明日は作業行動学会です。じゃあ寝ろよっていう話ですが笑。午後から参加なのでまあいいかと…。
 前々回?神奈川でやった時は、一日目終わったら、横浜の友達と飲んで、一泊3000円、3畳の独房の独房のようなホテルに泊まり、お菓子のごみを置いたままにしていたら朝ゴキブリがが2匹いたという懐かしい思い出があります。



 作業行動はマリーライリーが提唱した、理論…というよりは、概念のようなイメージがあります。

 有能でありたい、仕事と遊びの連続性や、作業役割、健康と人間の適応能力との関係、このあたりがマリーライリーが作業行動理論の中核に据えていた概念なようです。

 わかりにくく、実践に活かしにくいということで、作業行動理論と、実践の橋渡しになるような理論を作るようにキールホフナーに指導した、というのが、人間作業モデルの成り立ちだったと思います。

 しかし、ライリーのホフナーへの指導が厳しく、ホフナーはかなり追い込まれており、その後のホフナーとライリーの仲を悪くしてしまった、更には、ホフナーと南カルフォルニア大学との関係性すら悪くしてしまった。その軋轢は、人間作業モデルと、南カルフォルニア大学で始まった作業科学の関係性も悪くしてしまい、ホフナーは作業療法は応用学問なのになんで作業の基礎学問を作るのかと批判するといった形になったと…私は解釈しているのですがどうなんでしょう?

 このあたりは「作業療法実践のための6つの理論」に載っていたような気がします。

 日本にもその流れのようなものが持ち込まれた…というのは私の思い込みかもしれないですが、時折、そんな文章が載ってますね…。

 ただ、どんな歴史があるのか知るのは楽しいですね、この流れとかなんか週刊誌みたいですし笑。



 






 私が一番最初に出会った作業療法の理論に基づいた実践はCOPM・AMPSスターティングガイドだったと思います。結局のところOTIPMに近いものだったのだと今では思います。その中で、人間作業モデルの記載を見つけたこと、また、人間作業モデルは作業療法理論の中でも講習会が多かったのでなんとなく参加したりしていました。

 いわゆる作業系を勉強し始めたのは、立った、三年とちょっと前くらいな気がします。基本的に病院時代は体力、精神的に辛すぎて、何にも勉強しなかったので…。

 時折、人間作業モデル好きだよねーみたいなことを言われるのですが、特にそんなことはなく最近は離れがちな様な気がします。なんだろ。ていうかなんも考えてないだけかもなぁ…ダメですね。
 
 でも、勉強してる時間にしてみたら、AMPSとかESIとかOTIPMとかのほうが圧倒的に長いですしね、講習会の長さとか、10人評価するとかやってるんで自然と長くなっちゃいますしね。

 ただ、扱う作業を見出すのが難しい、困難という場合は結構使いにくいモデルだと思っています。日本人の奥ゆかしい性格、文化であったり、混乱している状態、やりたいことが見いだせない状態に対して使うことが難しいと考えています。




 そうした時には人間作業モデルや、最近では作業の連続性を大切にすると良いのかなぁなんてことを時折思っています。

 人間作業モデルは作業の動機づけに対する理論…だったと思う。酔ってきたのでよくわからない笑。作業がどのように動機づけられていて、作業適応状態に近づくためにはどの要素を取り扱使ったらよいのかという疑問をより明確にしていく、ということかなと思ってるんですが…どうなんでしょうか。下手なこと言えないですね。

 情報量が多い、還元主義だという批判もありますが、私みたいに人の気持ちがよくわからない、思考に偏りがあって適切に作業の状態をとらえられない人が使うには枠組みがしっかりしている方が使いやすいときもあるように思います。(ひどい言いよう)

 当てはめてしまう、のは危ないかもしれないですが、何もないとこから実践を作り出すのは無理ですしね…。


 


 訪問に出てから何に悩んでいることが多いのだろうと、考えたときに、動機づけというところなのかな、と時折思います。

 何をする気も起きない、できない、やりたくない、動きたくない。

 そうした時にクライエントに「やりたいことありますか」更には「お困りごとはありますか」と伺っても、そもそも、何困ってるかわからないという状態のときもあると思います。

 そういう時に人間作業モデルのカテゴリーに沿って色々聴取をして、今の作業機能状態を解釈していくというのは、私的には一番人間作業モデルをあてにしている。部分でもあります。





 作業療法の理論は何の役に立つのか。

 MOHOじゃ細かく評価できない。使えない。

 

 まあ、様々な意見を聞きますし、言われることもありますけど、結局作業療法の理論を通さないと、作業に基づいたリーズニングは難しい、というだけかなと思います。役に立つのか立たないのかは結局わからないですね。

 色々こだわらずやろうかとは思いますが、明日はひとまず久しぶりにMOHOにどっぷりつかりたいと思います。

 泡盛やばいです。

 では、また。

人間作業モデルで読み解く作業療法


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 寝れなくて困っています。お久しぶりです。ビール二本目です。

 皆さんnoteばっかりで、こんなFC2とかでブログやってる人なんかいないですよねー笑。ブログにしてもせめてブロガー?とかに移行しようかしら…。でも、面倒なんだよなぁ…。こうやって文字を起こしたいときになんとなくかければいいだけだし…。



 明日は元同僚の結婚式です。半年ぐらいあってないので、どんな気持ちで行けばいいかわからない笑。

 私も二年半前くらいに結婚しましたけども、まあいいこともあれば、不自由だなと感じることもあります。

 まあ結局結婚するしないとか、立場がどうであろうと、そんなもんなんだろうななんてことを考えています。





 最近、一つの作業に焦点を当てて、病後の変化について語っていただき、時系列にまとめるということをしていたのですが、少しずつまとまってきています。

 当初はその作業についての支援の仕方を再考できると良いかなと思って、対象者の方に協力をしていただいていたのですが、なんとなくもう少し大きな、障害をどうとらえて、今の生活を作ってきたかというところまで見えてきた感じがあります。




 以前、片麻痺の方の事例をちょっとお偉めぐらいの方(笑)に相談したときに、熱中できる作業、楽しい作業があれば、動かない腕のことは忘れられる的な、感じのことを言われて、そんな単純なもの?と思ったことがありました。

 ひょっとしたら、忘れられる一瞬があったとしても、そんなすべてが丸く収まるようなことはないよなぁなんて…。まあ、私がひねくれているだけかもしれませんが…。





 ただ今回の対象者の方は車いすで盆踊りをされるぐらいアクティブな方ですが、前の体だったら以前のようにできるのにという思いはずっと持ち続けてるとおっしゃっていました。また、歩いて行っていた盆踊りを車いすに変える際の苦しみも語ってくださいました。

 価値転換というのはそんなに簡単でもないですし、作業のやり方を変えた際の苦しみというのは私たちが思っている以上のものがあるのかもしれません。

 




 障害受容再考という本の中に、確か視覚障害をお持ちの方が、地元に帰ると障害を感じて、今住んでいるところだと感じない的なことを書いてあったような部分があったと思うのですが、そういう部分的なものもあるかもしれないですし、以前の体であればという思いは持ちつつもいわゆる代償手段を用いて生活されているのかなぁなんて感じも受けました。

 なんとなく、グレーで人によって白が強いのか、黒が強いのか、そんな感じな気もします。






 私も子供が生まれて、周りからわかわいくていいでしょーと言われることが多いですが、まあいいこともあるけども、このご時世で子供を育てるというのはそれなりに制限もあるし先のことも考えないといけないななんてことを思うと、今日みたいに寝れなくなって酒を飲んでみたりするわけですが…。ただ、子供が笑いながら近寄ってくるとやっぱり幸せかも、なんてことを思ったりするわけです。そう考えると、そういう気持ちや捉え方というのは、ちょっとした出来事で結構コロコロ変わるものなのかもしれません。

 なんか目がさえてるなー…。もう一本飲んだら寝れるかもしれない…笑。



 ではまた!



障害受容再考―「障害受容」から「障害との自由」へ


 ずいぶんお久しぶりです。あっという間に年度が変わってしまいました。

 なんか、最近自分が思っていることを外に出していなかったから色々もやもやしてるのかと思い、他にやろうと思っていたことをそっちのけでブログを書き始めた次第です。

 最近はというと子育てが第一で…とか言いながら嫁さんに迷惑かけまくりで本当に申し訳ないですが、なるべく一緒に色々やりたいなとは思っています。なんかママさんとかに聞かれたらその程度で子育て第一とか言ってんのとか言われそうですけど…汗。

 子育て以外はなるべくヘラヘラして、適当に色々流したいなと思ってるのですが、なかなか…。多方面に迷惑をかけている自負はありますが、あんまり反省はしないことにしております。というか、あんまり反省している時間がない。というか、反省しすぎるのは時間の無駄くらいな感じに思っています。

 なるべく、ポジティブにヘラヘラ生きるために最近は家族療法感なんかの本で知ったリフレーミング辞典を活用してポジティブに。捉え方のフレームを変えてヘラヘラ生きるぞ―(迷惑かけたらすみません。)。ちょっと疲れてもヘラヘラするぞー。

 ヘラヘラ生きるぞ、ということを宣言して少しすっきり。




 その他には最近はTEMの本読んだり、インタビューをして逐語録を作ったりしていました。

 逐語録は一時間分作るのに、15時間くらいはかかったかなぁ…。なんかもっとかかった気がする。 

 TEMは質的研究で、今まではあまり捉えられていなかった時間の概念をあらわすことが出来る手法です。その方の経験や、行ってきたことのプロセスを表現することが出来ます。(と私は思っています笑)

 簡単な説明はこちら

 TEMは等至点(ゴールとなる事象)を定め、そこに行きつくまでの過程を表します。



 
 一つの作業を障害を負ってから再開したり、維持したりするというのは容易ではないなぁとも思いますし、維持以外に歳を取って作業を喪失していくことに対する適応まで…。なんか、最近は思っていたよりも作業療法が取り扱う範囲は広いものなんだなとも思いつつ、どのように支援していっていいかというのはやっぱりいまだにわからないところが多いなぁと思います。結果モミモミしたり、適当に会話したりしてすみません(白目)

 良くも悪くも長期利用の方もかなりいらっしゃいます。私的には、どんどんと人が移っていく業界の中で、四年近く同じ人の生活を追うことが出来ているというのは、他の人ができないような経験なのかもしれないとすら思います。うん。ポジティブw。

 障害を負ってから一つの作業を再開して維持する、というプロセスを少し追ってみたら、もっと良い支援ができるんじゃないかなーなんってことを考えています。そういうことをするためにはTEMが最適化と思った次第です。話を聞いて経過をまとめる練習にもなりそうな気がします。

 今行っていることへの価値を高めたり、できないことはあきらめたうえでほんのちょっとの目標をたてるとかなんかそういうものが見えそうな予感です。コツコツすすめていこうかと…。

 私的には、喪失への適応みたいなのももう少し色々調べたいです。なんか、詳しい方、教えてください笑。





 作業は色々と複雑で良くわからん。





 最近の私は、なんとなく作業療法の専門性がどうとか、こうあるべきとか、こうしなきゃとかあまりなく…。なんか、少し人の役に立つことが出来ればいいかなーなんて思っています。

 なんか、色々思うところもありますが、まあ、今年度は肩ひじ張らずにのんびりいこうと思います。と思っていると、心が乱れるようなことが起きたりするわけですが、なるべく反応しない、ポジティブに捉えるを目標にしようかと…。

 去年度関わってくださった方、今年度もよろしくお願いいたします。今年度も色々な方にお会いできることを楽しみにしております。

 ではまた!すっきりした笑。




 

TEMでひろがる社会実装: ライフの充実を支援する


あっという間に2月になってしまいました。皆さんいかがお過ごしでしょうか。

私の方は予定していた発表が全て終了したため少しホッとしているものの、なんか少し寂しさもあります。

でも、質問に対してなんか自分でも思いもよらぬ回答をしてしまって、なんか恥ずかしくなったのでしばらくはいいかな…(^_^;)



ちょっと福祉用具貸与業者さんの研修にお邪魔させていただいて思ったことがあったので、なんとなくブログを書き始めた次第です。





福祉用具貸与業者さんの研修にお邪魔させていただいたのですが、流れがMTDLP の研修に似ていました。

課題やニーズを聞いて、どんな福祉用具を提案したら問題解決が出来るか、生きがいを取り戻せるかといったようなものでした。

ケアプランの安心、安全に過ごすというのは自立支援という流れの中ではあまり使ってはいけない流れになりそうだそうで。

ていうか、リハ職より他の業種の方が自立支援に関して熱心に考えている気がする…。

もう代償モデルなんか熱心な福祉用具相談員の方と一緒に仕事したらOTの出番なんかないなーというようなことも考えていました。

最悪、MTDLP のプロセスなんていうものは様々な職種の協業の中でOT以外がどんどん使っていくようなものになるんだろうなーなんていうネガティブなこともちょっと考えていました。






OTは何をする人なのか、というのは私の中では相変わらず疑問ですが最近OBP2.0の講義をらいすたで受けているととてもしっくりきます。

意味がある作業とか、作業を通してとか、回復、習得、代償モデルを使ってとか、作業に対する動機付けがどうとか、可能化がどうとかまあいろんなモデルがありますが、根本としては作業機能障害を改善するというところにまとまるというのはしっくりきます。

作業療法の目的を共通認識として持つにはとてもよい理論じゃないかと期待していしまいます。


医学モデルや機能のことはどうしても作業モデルとは対立しがちですが、福祉用具貸与業者の方と話していると、医学モデルや心身機能の視点から福祉用具どう見るかが1番食いつきが良かったような気がしたのですが、そうすると作業モデルこそが作業療法士だ、と思っている人にはやや不快に感じる危険性があるかもしれません。以前の私のように。

でも、OBP2.0のであれば、全然違和感が無いように思います。

機能対作業とかじゃなくて目的と状況に合わせてどんどん使える知識はなんでも使っていかないといけないですね。




先日は現職者の事例報告会に参加しましたが、座長の先生が作業の評価で、AMPSやCOPMを使って作業を評価しましょうと、午後のほぼ全演者に助言していておうおう笑、となったのですが、中々その二つだけで評価するのは難しいときもあります。人間作業モデルやカナダモデルに当てはめたらどうかなーと考えながら事例報告を見ていても書きなおせないようなものもあるような気がしますが、作業機能障害がどうなっているのかと言ったような視点はかなり広く使えるような気がします。




何かにこだわりすぎず、新しい視点、広い視点を使っていきたいなーなんてことを考えていました。




もう、最近ただの日記になってるなー笑。

ちょっと連休で遠出するので、飛行機の中で本読んでブログ書こうかなぁ…。

まあ書きたいときに適当に書くと思います笑。


ではまた!





…とここまではちょっと前に書いていたんですが、飛行機の中で読んだ本について色々思ったのでちょっとだけ。


信念対立解明アプローチ入門―チーム医療・多職種連携の可能性をひらく




この本を読んでいました。信念対立について興味も出てきたのでちょっと厚めのほう?の本も読んで見てみようかと思います。

信念対立を起こさず、穏やかになるヒントになりそうです。

状況と目的に合わせて方法を選ぶ、意識していきたいと思います。
 結婚式とその二次会で結構飲んでちょっと気持ちよくなったのでなんとなく書いてみます。だいたい酔ったときに書いたものは次の日には消すことになる笑。

 なんだかんだで目立ちたがり屋なので、誰かになにか伝えたいのでしょう。で、後悔する笑。




 色々なことで善か悪か、正義とは何かといったようなことを問うような風潮があるような気がします。白黒はっきりさせたいと…。

 私も仕事に限っては、曖昧よりは白黒はっきりさせたいなという思いがいつもあるんです。(面倒くさくないので…。)

 でも、なんかまっすぐで、こうあるべきという話をする人は苦手なんですね。



 仕事はしっかりやらなければいけない。

 リハビリは長期利用は望ましくない。

 意味のない機能訓練はいけない。

 



 なんて正義や、いわゆる善、白に包まれているのだろうか…。

 なんかこのあたりで痛い文章になってるけど酔ってるからいい…w






 でもそれって本当に生きづらいなーと時折思うんです。

 本当は広く見れば、誰かの正義だけでまかり通ってるだけなのに、当たり前のようになるのは良くない。




 仕事はしっかりやらなければいけない。(定時を過ぎているのにもかかわらず、しっかりやらなければならない。定時を過ぎなければしっかりできないのに、しっかりやらなきゃいけないことに重点が置かれている。でも、定時は守れてないでしょ?)

 リハビリは長期利用は望ましくない。(そんなこと言いつつみんな課題指向型で出来ないし、長期利用が望ましくないなんて思ってるのは国ぐらいで、継続は力なりだったり、他職種や利用者、利用者家族は一回始めたらみんな長く続けた方が良いと思ってるでしょ?)

 意味のない機能訓練はいけない。(目標や目的はみんな見つけられるものなの)




 私が思ってることには常に裏のことを考えている自分がいるわけであります。きれいごとばっかりで。




 自分の思いをわかる人なんかいないし、自分のことを一番よく知っているのはやっぱり自分なんです。




 そして、何が言いたいかというと…(回りくどい)





 結婚が幸せかとか、子供はいた方が良いとか、どうあるべきとか…。

 というのは面倒臭い。

 という話をしたくなってきました笑。





 結婚や不倫や浮気や…。どうでもいい。(あ、自分の家で起きたらまた立場違うかもしれませんが笑。)






 仕事はしっかりやらなければいけない。リハビリは長期利用は望ましくない。意味のない機能訓練はいけない。






 なんか広く考えると全部馬鹿らしくなってきました。






 そして、ただただ、なんとなく幸せだったらなんでもいいんじゃないかなー。





 そのためにはどこかで黒なことをしても、どこかで白だったり。

 黒をしてるのに白のようなことを話してくる人は無視したり。

 結婚式を見て、本当に善でいたい場面はどこなんだって思ったり。

 人の悪なんて言うのはばかばかしい。



 
 色々自分で白黒つけていろんな意見や思いを持ちつつ、なんとなく全体的にグレーという認識。そうすれば、皆寛容になるんじゃないですかねー。

 私は、ちゃんとした人間にはならない!w





 ゆるく、いきたいですねー。

 ではまた!
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