主に作業療法、時折音楽のことを、酒を飲みながら書いていきます。


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 お久しぶりです。過酷な気温の変化が体にこたえ風邪気味です。訪問辛い…。プライベートと仕事でも色々なことが重なりバタバタしております。

 タイトルは以前、吉川先生が何かの講演で話していた気がするんですが、いつだったか…さらに話した文脈も覚えていないという致命的状態笑。なんか印象には残ったんでしょうね。



 さて最近はだいぶ地域の会議などにも出させていただいております。

 話題に上がるのが介護予防や、特定高齢者の話ですがリハビリテーションという枠の中で考えるには少し狭いように感じます。



「リハビリテーションとは、身体的、精神的、かつまた社会的に最も適した機能水準の達成を可能とすることによって、各個人がみずからの人生を変革していくための手段を提供していくことをめざし、かつ時間を限定したプロセスである。」
リハビリの定義は色々ありますが、これは私が一番好きな国際障害者世界行動計画による定義です。



 そもそも、リハビリ=心身機能向上の認識が強い日本ではこんな定義あっても意味がないもののような気すらしてしまいますが…。

すみません脱線しました笑。

 ただこのリハビリテーションの枠組じゃどういうマインドで介護予防などに取り組むかという部分や、地域で働くかということを考えたときにかなり不十分なような気がします。だって生活出来てるんだから変革は必要ないですし。





で、ヘルスプロモーションへ。

ヘルスプロモーションは1986年に採択されたオタワ憲章に出てくるものです。

健康づくりと訳されたりするんですね、さっき知りました笑。


定義は「人々が自らの健康とその決定要因をコントロールし、改善することができるようにするプロセス」です。


 つまり自分から健康になっていけるような過程ということだと思います。ここでの健康は障害があるとかないとかでなく、身体的・精神的・社会的に良好な状態のことです。

 
 ちなみにオタワ憲章では健康の前提条件として

 ・平和 ・住居 ・教育 ・食糧 ・収入 ・安定した環境 ・持続可能な資源 ・社会的公正と公平

 基本条件として

 ・推奨する: 健康の利点を明らかにすることで、健康的な環境の創造を推進する
 ・可能にする: 健康のための機会や資源を確保することで、健康面での潜在能力を引き出せるようにする
 ・調停する: 健康の追求において利害関係の対立する立場を仲立ちし、健康づくりにむけた妥協点を模索する

 が挙げられているようです。

 作業療法の視点にも出てくるような言葉が色々出てきていますね、というより、作業療法の視点でもヘルスプロモーションと作業療法について述べられているページがあったような気がします。可能化という言葉がだぶるとか、健康はあくまで日常の資源だとか。

 作業療法は作業参加することによって健康やwell-beingを促進するものですから、関与できるところは多そうです。

 リハビリテーションという視点だと、地域にどのような視点で関わるか難しいことも、ヘルスプロモーションの視点だと、結構関わることができるんじゃないかと思います。




 私もあんまり資料が手元になかったので、とりあえず協会のマニュアルと、何か本でも買おうかと思います。

 しっかり調べねば。






 ていうか、調べたいことだらけで、収集がつかなくなりつつあるのでちゃんと優先順位をつけないと…。



 ではまた!





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 お久しぶりです。本当に書くことが久しぶりになってしまいました。

 ESIの講習ではアン先生に直接教えていただいたり、こちらへ帰ってきてからも、地域包括ケアの進行状況の報告会や、社内の勉強会など色々学びの多い一週間にすることができました。

 疲れた笑。しかし、久しぶりにいい旅ができました。何より三原の方々が暖かかった。ぜひ、AMPSやESIの講習を受ける際は県立広島大学をおすすめします。






 さて、こんな明るい感じから、タイトルはとても暗いですね…笑。





 先日の地域の催しで偶然、職場の先輩というか…上司?にあってしまったからです。

 向こうの第一声は「怒られてない?」という何とも皮肉めいたもの。こっちも皮肉で返そうかとも思いましたが「大丈夫ですよ」とだけ。

 ESIだったら減点対象です笑。


 





 私は、以前病院勤務でしたが、その時は正直いっぱいいっぱいでした。今振り返ってもあまりいい思い出はありません。




 



 実習のときから、作業療法がわからないから何を勉強していいかわからないということもあり、迷走はしていました。まあわからないから勉強しない、という悪循環でした。出来の悪い学生でした。

 現に実習では、デイサービスで、歩行の動作分析をメインにやってみたり、病院で、とにかく検査付けだったり、精神科でひたすらプラモデルを作ったりわけがわかりませんでした。

 






 で、卒業して回復期に入りましたが、上肢、高次脳、整形…。実習とはなんだったのか。

 いっぱいいっぱいなのに、自分だけ人数が少ない病棟で、PT同期の3倍近く担当を持ったりしたりしてました。

 昼ご飯を食べる暇もないのに、PTの同期がプラットホームで寝てたりする姿をみたら腹がたっていたもんです。






 それで、いっぱいいっぱいの中上司から、あれ勉強しろ、これ勉強しろ、それは違うとか言われるわけですね。で、言われたようにやっても、「それじゃダメでしょ、レポート書いて」みたいなね。叱る、ではなく怒る、怒鳴る。

 挙句の果てに勉強をしないというレッテルをはられる。同期に勉強会に誘われ、一緒に行った際に「俺上司からお前のこと任せたっていわれてるからさ」。いやいや、おおきなお世話ですわ。
 
 PTの先輩が患者ともめたときは「あなた何とかしてよ」と言われ、結局上手くいかず、私が怒られる。同期の送別会の時に同期から聞いたのは「あのPTの先輩が、あいつには結局何も伝わらなかったって言ってたよ」という言葉。私も酔ってたのもあって「あいつから学ぶようなことは一切なかった」とか言ったら送別会の空気は最悪に。

 

 
 


 


 まあ要は上手く病院の空気の「型」に、はまれる人が必要とされるんでしょう。

 






 私が新卒で、先輩から言われて驚いたのが、「FIMはまじめにやってたら時間ないから想像でいいよ」っていわれて…まあ私はちゃんとやってましたけど。おかげさまでご飯食べる時間もなかったですよ。

 でも、そういうことができる人が効率よく仕事ができるということになっていたんでしょう。

 今冷静に考えるとその評価をつかって、学会発表をしている上司がいたので、とんでもないことだと思います。発表もいいけど、まずは評価をちゃんとできる状態になってるのか、確認してほしいところです。









 私が悪い部分も多いのは重々承知ではあるんですけどね…。

 でも辞めるって上司に言って「私が話して、とめますから」って鬼のような形相でにらみながらいうのはやめてくださいよ…。












 私のようになりかけている人、いませんでしょうか。私のようになっていて、もう作業療法士をやめようとしている人いませんかね。









 私は転職してから、案外穏やかに生活しています。まあ、訪問は個人プレーになりやすいのはデメリットではありますが、今のわたしにはありがたいです。

 無理して変に何年も同じ職場にいるより、違うところで、活躍できるかもしれません。





 私は病院勤務時代、唯一の心のよりどころであった「COPM・AMPSスターティングガイド」。

 病院勤務の際はAMPS講習なんて受けられない、というか、連休取れませんでしたが、今の職場でAMPSも取れましたしMOHOの講習会も結構好きなように受けられています。

 やる気がある同僚が少ないのは今の職場のデメリットですが、それでも病院時代より今の職場は好きなことができていると思います。











 病院の頃、勉強をしないといわれ、自分はダメだと思っていましたが、今は、自分が興味のあることが勉強できてるなーとも思います。

 病院の頃は、自分で責任を持ってCLをマネジメントできませんでしたが、今は、責任を持って、他職種に連絡をすることもできます。(失敗もしますが…。)

 あのころの自分に今の環境をみせてあげたい。














 今の環境は、あなたを励ましてくれる環境でしょうか?それとも、やる気がどんどんなくなる環境でしょうか?

 環境が変わると思いのほか変わりますよ。それを知っているのは、OTですよね。

 どうしようか悩んだらひとまずCEQとかOSAとかやったらいいかもしれません笑。









 では、また。
 ESI講習を受けるために移動中なので暇です。なので書きます。珍しく、携帯からこんにちはです。

 携帯からだと難しい…。

 早くお好み焼き食べたい…。









 私が今回、ESIの講習を受けようと思ったのは、精神疾患の利用者さんがだいぶ増えてきたからです。


 今は私が担当している利用者さんの、たぶん4分の1くらいが精神疾患がメインの方です。残りは身体障害の方ですかね。



 ネットを見てると、身体障害でも精神的な部分を…!とか、精神科だって高齢化に伴って身体機能が落ちるから体も見れないと、みたいなのをたまに見つけますよね。


 私はちょうど、絶妙な立ち位置にいるなぁと思います。


 身体領域も対してわからないし、精神領域も対してわかりません(爆








 でも、疾患別に見なければ、共通点もかなり多い気がしています。


 クライアントの困りごとを一緒に相談しながら解決するというのは、案外、心身機能や疾患特有の症状に焦点を当てなくてもできることも多いなーと思い始めています。






 困りごと、問題に名前をつけて、どう解決するか一緒に考えて、やってみて、どう感じたか、一緒に話してみて、環境を整えてまたやってみて…。

 訪問に関しては無理に一緒にやる必要もないですし、話すだけで問題が解決することも少なくないように思います。







 このような取り組みは、疾患にとらわれないなぁと感じるときがあります。とても人間らしい感じでことが進むなぁと思います。





 でもちょっと悩みます。もっと何かに特化した療法士になりたいなと思うときも多いです。ただもう少し、「作業」を追いかけようかと思います。







 私は今の会社が嫌いです(笑)がとてもいい経験ができていると思います。私の中には領域の境目があんまりなくなってきていること、はプラスに捉えたいと思っています。


 色々な領域をまとめてみれる、地域リハ、皆さんも足を踏み入れてみたらいかがでしょう?


 といいながら私は訪問はあと1.2年かなと思っていますが…笑。





 明日からはESI講習の実況もできたらやりたいー!



 乗り物酔ってきた…ではまた!










 一週間ぶりの投稿になってしまいました。

 知り合いの結婚式で朝まで飲んだり、夏バテぎみだったり…。どうしようもないですね。

 今週は今週で、金曜日から広島へ行き、ESIの講習を受けてきます。ちゃんと予習しなければ…。



 さて、現在は厚生労働省からも、「活動と参加」に対するアプローチが少ないといったような、意見が出るくらい流行りですね。

 この↓資料がもとでしょうかね。 


 訪問リハ 通所リハ プログラム内容.PNG

 「資料元はここです

 


  心身機能に固執しないようなアプローチをなんていわれて、色々やってみたけどなんかしっくりこなくて、

 かといって心身機能だけに固執したアプローチもなんか違うと思いました。

 心身機能にたいするリハビリを希望する方はかなり多いと思います。それはもう、セラピストの介入どうこうだけで、活動と参加を促せるレベルでもないような気がします。機能訓練をやってもらうためにと思って、利用するわけですから、いきなり活動と参加の話をしてもハテナにもなるような気がします。

 機能訓練だけ、から抜け出すには、リハビリとは何かをリハ職が伝える必要もありますし、また、機能訓練をしてほしいという希望の根底を考えなければいけないと思いました。







 で、なんとなく思ったのは、心身機能に固執せざるを得ないような理由も、やっぱりあるんじゃないかということです。




 ICFの活動と参加に合わせて、環境設定も何かと良く聞くようになったように思います。

 しかし、今の日本では、「屋内の車いす移動が困難だったりして、歩けなければいけない。」とか、「結局趣味だった体操に行くためには、使えるサービスがないからやっぱり元の体に戻るしかない」というようなことが、生活期に来てから遭遇することが多いような気がします。

 そもそも、日本は他の国に比べて狭すぎる、というのは否めないですよね。ハワイで、電動のシニアカーみたいなのに乗ってそのままスーパーで買い物をしていたところを見たときになんとなく思いました。

 物理的環境で補えない部分は、社会的なサービスで担うようなことになると思いますが、余暇(カラオケ行きたいとか)で使えるサービスがとても少ないように感じています。

 

 

 そうするとやっぱり、「元の体になるまで機能訓練を頑張りたい…。」という気持ちは非常に妥当なことのように思います。





 

 抜け出すとしたら、「リハビリは活動と参加をみるんです!機能訓練は自費で」とか言い切っちゃえば、わかりやすいかもしれないですが、それは違いますよね。
 







 そう考えると、日本の医療・介護はどこを目指していけばいいんでしょうか?



 「活動と参加」にたいするアプローチが少ない。いうのは簡単ですが、問題の根は深い、と思った話でした。



 では、また!





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