主に作業療法、時折音楽のことを、酒を飲みながら書いていきます。


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 お久しぶりです。子供が産まれたり、嫁が退院して来たり、土日は嫁の母親が来たりと、なかなか自分の時間が取れませんでした。

 ちょうど嫁の両親も帰りひと段落しています。子供も案外優秀でそこまで夜泣きしないので、今はちょっとのんびりの見直しながらブログを打っております。
 
 久しぶりに、飲みながら書かせていただきます。



 さて、いきなりですが私の作業バランスは一気にかわりつつあります。認知作業療法の研修にも行きたかったですし、金曜日は記憶がなくなるまで飲むのが基本でしたが、娘を風呂に入れてみたり、オムツ交換をしてみたりパパとしての役割をまっとうして(笑)おり、趣味人としての役割は隠れつつあります。

 

 Wilcockは「行うこと(doing)存在すること(being)なること(becoming)」という講演を行いました。 これかな?

 今までは人は存在からすることが決まっていました、父親だったらこれをする、母親だったらこれをする。beingからのdoingだったんだと思います。

 しかし、作業療法では作業をすることによって、どんな存在であるか、つまり何をするか(どんな作業をするかに)によってどんな存在であるか、どんな存在になっていくのか、そして、後に加えられた、どういう所属(belonging)であるかということにつながっていくかということを大事にします。



 それは人権にも関わります。一時期出回っていた、人権の漫画で高齢者だからマラソンを止められるというものがありました。
今までだったら、高齢者はといういわゆる「being」から、マラソンはすべきではないのではないか、というところにつながっていたわけです。
 
 作業の視点からこの例からみるとマラソンをする「doing」から趣味人としての存在「being」に変わっていくことが重要だということになります。



 70、80代の人の話を聞くと、父親としてのすべきことは、「仕事がすべてで、家で何もしないということ」という作業のように思います。
 
 企業戦士というような言葉からわかるように、仕事がメインでありました。

 今、私からわかるように家はみんなで守るものになってきています。共働きも増え、妻に任せきりというわけにもいきません。
文化や時代色んな物に左右されるなぁと感じています。周りの環境に影響されるのは、社会的にどんな存在あるか、といったところでしょうか。



 作業のレンズを通してみれば、それは作業的不公正ということかなーと思います。
先ほどの「行うこと(doing)存在すること(being)なること(becoming)」には作業的公正と、生態維持可能地域の開発(生態系を保つことのできる環境)が大事です。

 ちょっと今の日本には難しいかなぁなんてことはちょっと思います。

 しかし、私は娘のオムツ交換やお風呂を行うことで父親でもありますし、こうやって作業のことをブログで書いたり、仕事をすることによって作業療法士でありつづけます。そして、音楽を流したり、ギターを暇な時間に弾いたりすることによって、趣味人でもあり続けることができます。

 作業療法士の向き不向きを書いた際にもなんかもやもやしたことを文にした感じでした。

 今感じるのは、そんな考えすぎることはなくて、自分の「doing」がどんな存在「being」につながっているか、しっかり考えていれば、不安に思うこともないのかなとも思います。



 私が作業について、作業療法について考え、行動し続ければ私は作業療法士として存在できます。

 音楽を流して、娘にも聴かせてみたり、自分も聞いたり、演奏したりすることは、趣味人としての私を支えます。


 家庭を持つ、ということは不安ですが、娘を風呂に入れる、オムツを変える、という作業は私を家族に所属させ、親という役割を与えてくれます。「being」「becoming」そして、家庭に所属する「belonging」をささえてくれます。



 さて、私はどんな作業を通してどんな存在になっていくのでしょうか。

 こんなことを考えたのは、私たち夫婦も子守りがわからず必死になっていたときに、嫁の母親には家事ばかりで、あまり子供に触れる時間があまりありませんでした。

 しかし、先ほど、私が嫁に行って「お母さんにも孫の世話を積極的にしてもらおう」という提案をして、導入したところとても良い表情をされていました。きっとその作業を通して「母方の祖母」という存在が肯定されたのかもしれません。

 はて、どんな「作業をすること」が各々の存在を肯定をしてくれるのでしょうか。



 今日は作業って何だろうからでした。



うーん、パイナップルのストロングゼロがおいしい。明日はゆっくりします。

子育てのアドバイス、お願いします笑。

ではまた!
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 ちょっと間が空いてしまいました。いつ子供が生まれてくるのか気になってなかなかいろんなことが手につきません。

 ブログを書くときにはは基本的には、何かしら本や何か資料を見ながら書いた方が勉強になると思っているのですが…今はそんな感じでもないので(笑)、思ったことをただただなんか吐き出そうかなと考えています。

 

 ついこの間ツイッターで作業療法士に向いていない気がするという学生さんのつぶやきを見てついつい反応してしまいました。

 最近は、向き不向きを考えることもあんまりなかったなぁと…。まあ、そろそろ子どもも生まれたら向き不向きなんて考えている場合じゃなく、しっかり働かなきゃいけないので何とも言えないですね…汗。





 私はダメ学生でしたし、実習は、正直実習どころでなく、一人暮らしが初めてで生活すらままならずメンタルだけぼろぼろになって帰ってくるような感じでした。
 
 思えば本当にとんでもない学生でした。

 実習が終わって学校に帰ると、教員からは「そんなんじゃ患者に嫌われる」「自信を持ってない作業療法士に見てもらう気持ちを考えろ」など、まあ、自分なりにメンタルがぼろぼろになってきたところに追い打ちがかけられました。

 今考えると結構気の強い女性の先生が多かったので、なよなよしてる男性が許せなかったのでしょう笑。




 私はもともと自分を下げてしまうタイプ(自分はできない等…まあ兄弟が優秀だったので小さいときからもともと劣等感の塊のような感じだったのもありますが…。)でかなりの劣等感を抱えていたので、自信を持ってバリバリ働いている自分なんていうのは全然想像できませんでした。

 そのころから、作業療法士は向いていないのでは?と思うことは多々ありました。

 しかし、その時は大学4年生でしたので、ひとまず資格だけはと思い、国家試験は何とか突破しました。




 就職先は、実習に行った際に病院は無理だと感じていましたので、老健とかがいいなーと考えて探していました。

 しかし、大学の先生の紹介で見学に行った回復期のリハ病院がとてもきれいで雰囲気が明るかったこともあり就職しました。

 見学の印象とは裏腹に、中で働いてみると、OT不足で免許が届くなり、いきなり20単位、多いときはモーニングケア、ナイトケアと称して、22単位をとるなんていうときもありました。

 もともと体力がないこともあり、ミスがあったのも私が悪かったのですが、上司、先輩も患者さん、実習生の前でも結構怒鳴ってくるような人ばかりで、精神的に疲弊してしまいました。

 酒におぼれるようになったのはこのころです笑。

 まわりの同僚や先輩はこなせているのに、自分だけ上手くこなせていない。劣等感はますます増していくばかりでした。

 このころは、もうとにかく、作業療法士に不向きなんじゃないかという思いよりも、職場から逃げないといけないという気持ちがかなり強くなっていました。


 

 そして、何とか今の訪問にたどり着きました。今は、不満もないわけではないですが、何とかやっていけています。

 もはや、訪問に入って一年目は、たまった心の闇を回復するような期間だったような気がします。

 訪問は土日が休みですので、それまで全く行けていなかった研修とかにもいけるようになりました。






 私は作業療法士はやっぱり堂々としてて、自信があるというのが大事なんじゃないかという思いと、自分はそうはなれないんじゃないかという思いがありました。

 しかし、クライエント中心の作業療法を勉強しているときに「案外頼りなさげな学生や、OTが活躍している」といったような話を聞いたときに、自分の中で勝手にできていた(いや、環境もあるなぁ)OTの理想像でなくても、いいんじゃないかなと思いました。

 環境や、自分の中の歪んだ認知によって、勝手な自分のOTの理想像を作ってみたり、こうあるべきというものを作ってしまっていただけなんじゃないかなと、いま以前を振り返ると思います。





 OTはPT・STにくらべて本当にいろんな領域があると思います。

 身体機能の回復を突き詰めたい、心身機能にとらわれない関わりをしたい。

 精神を中心にみたい、身体を中心にみたい。

 お年を召した方との関わりがしたい、子供と関わりたい。

 

 



 OTの向き不向きというよりは、自分がどんなところで働いたら、自分らしく働けるかなのかなぁとなんとなく感じています。

 誰でも向いている職場・領域があるんじゃないかなぁと…見つけるのは大変かもしれませんが…汗。

 みなさんはどんなところだったら自分が輝けそうでしょうか?




 
 私は自分が向いていると思えることはまだまだないですが、ひとまずOTとしての人生は続きそうです。でも、仕事として続けられているということは振り返ってみるとありがたいことだなぁと思います。




 なんか、ばーっと書いてたらこころが落ち着いてきました。

 ではまた!
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