初心に帰るため…「作業の力を信じる」には?

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 寒くて寒くて…つらいです。子供のほうも臨月を迎えておりますので外飲みはしておりません。家で飲むくらいならいいよね…。どうなんでしょう、家でもダメでしょうか…。

 そういえば記事には関係ないのですが、なんとなく流行にのりインスタを始めました。何をどう楽しめばいいかわからないですが、色々写真をのせられればと思っております。訪問中とかの。私のアカウントはこちら。酒OTで始めました!



 さて、ようやく本題に入ります。私が今のいわゆる作業系を中心に勉強してみようかなと思った一番のきっかけは、茨城の県立医療大学であった「作業療法の進め方」という吉川先生の講演でした。

 その時は、こんな視点があるのかーと、とても新鮮な感じがしました。

 その時の資料の最後に
 
 「作業の力を信じよう」

 と書いてありました。正直その時はどういうこと?と思いましたが、今ならなんとなく、何を伝えたかったのかわかる気がします。





  たまに思うことなのですが、作業療法士の中でも、作業が持っている力を活かしたいと思っている人と、そうでもない人がいると思います。

 以前よんだ作業科学か何かの記事?に作業の力を信じることができないのは、趣味や何かに打ち込んだりしたことがないのではないか、といったことが書かれていたような気がします。

 作業が持っている力を活かしたいと思っている人と、そうでもない人、差はそういうことなのかなと、時折思います。

 私は、身体が丈夫なのはありがたいのですが、非常にメンタルが弱いので、何度も、音楽に救われてきました。

 その救われる感じは、何とも言えないものだと思います。

 人よりも自分の趣味に救われている、という自負はちょっとだけあります笑。

 音楽を効いたり、楽器を弾いたり、ライブに行ったり…そして、男のくせに、一人でライブで号泣したり苦笑。そういったことをするだけで、なんとかまだ踏ん張れるなぁなんて漠然と感じたりしていました。

 作業には様々な力があると感じられるのは、やはり、経験をしたか、してないかという差は大きいと思います。

 きっと、私のブログをここまで呼んでくれている人は、経験している方が多いのではないかと勝手に想像しつつ…笑。

 

 
 臨床でも、そういった経験をしたか、してないか、でまた違うかもしれないですね。

 とにかく起きなかった認知症のCLと、正月の飾りを作ったら活動的になった、とか

 欝傾向が強い人と、料理をして、たまたま来ていた家族に振舞ったら、凄い笑顔になった、とか

 皆さんの、そういったストーリーを教えてほしいです。


 


 「作業」を「療法」として使うのは難しいですし、とても浮く気もしますし、まだまだ知名度も低いですしつらいなーと思うことが多いです。

 でも、作業療法士が作業をみないで誰が見るんだろうと思うときもあります。

 泥沼のままです。うん、まとまらない。

 ちょっと、作業療法を放棄したい気分が出てきたので、初心を思い出す意味を込めて、取り留めもなく書かせていただきました。よし、明日から再出発です。



 

 ではまた。

 
 
 
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