良い生活とは何か~活動と参加から~

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 お久しぶりです。本当にずいぶん久しぶりに家に一人です。ちょっとほっとしています。ビールでも飲もうかな…笑。

 今年の初めから企画していたA-ONEの講習や学会が終わってしまってなんとなく、少し寂しさはあります。

 次は何を目指して動いていこうか、なんとなく漠然としているからかもしれないですが…。でもやっぱり、なんもしていないで楽したいなー。

 たぶん、ずっと同じことをしているのは結構苦手なんですよね。でも新しいことやると疲れるし…もうどう生きていけばいいかわからないですね汗。




 子供も生まれて、なんとなく老後をどう過ごしたいかなんてことを考えたときに、私は超インドアなので家で音楽聞きながら本でも読めたらよいなーと思います。なんか外でやっている体操だとか、地域サロンみたいなのにはいかないでのんびりしていたいなぁなんてことを思います。酒が出れば行くかな…笑。

 活動と参加は非常に大事な考え方だとは思います。今はとても活動を通して地域とつながり、新しい参加へみたいなことが強くいわれています。ただ、それに当てはめすぎるのもいいったいいかがなものかといったことを考えていました。

 地域包括の方と話している中で活動と参加が大事だから家で役割を持ってもらって…とか、認知症に家事がいいと言われているから、家事をやってもらって…みたいな話が結構出ていたのですが、なんか違和感がありました。活動と参加という名のパターナリズムなんじゃないかと…。
 

生活行為の連続

 私はとてもこの図は好きで、役割というのは非常に大事だし、作業療法で大切な概念だと思います。

 でも、そもそも老後はゆっくり過ごしたい、今までのように過ごしたい、一家の主として家のことはやらない、地域の集まりもそもそも出たことがない、とか色々な人がいると思います。

 そういう価値観をお持ちの方に、介護予防事業や、OTがかかわるようになったからとにかく外に出てください、地域のサークルや資源を使ってくださいというのもちょっと強引だよななんてことを感じました。

 その人の価値観を大事にするということは、模範的な高齢者の姿とは少し離れたときもあると思います。健康を維持できるような模範的な高齢者を目指すより、その人の価値観を大事にしていきたいなぁなんてことを思いました。


 

 社会学の中では、活動理論と離脱理論という考え方があります。活動理論は本当にざっくりいうと、役割をもって活動量が増加したり保たれるほうが幸せだよねという考え方。離脱理論は年を重ねれば役割や活動量が減ってくるのは当然でそれが受容されるのというのが大事だよねというような考え方です。

 介護保険や介護予防などから考えれば活動理論の考えが根付いていますが、活動が少しずつ減っていくことが自然なこともあるというのは頭にいれておく必要もあると思います。





 その人らしく過ごすには、どうしたらいいか。まだまだ悩みは尽きなさそうです。


 

 ちょっと思うことがあったので書きました。またちょくちょく、書いていきます。




 ではまた!
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