作業療法・リハビリ全般

ここでは、「作業療法・リハビリ全般」 に関する記事を紹介しています。


 ブログはずいぶんと時間があいてしまいました…。ばたばたとした日々を過ごしております。

 怒涛の年度末を終え、新年度になったため、少し気持ちを引き締めていきたいと思います。


 そういえば、全国学会、採択いただきました。学会発表は、今までしたことがないのですがしてみたいという思いはありました。

 最初は県学会や臨床OT学会にしたいと思っていたのですが、家庭の関係でちょっと難しそうでして…汗。

 でも、家のことを理由に、そんなことを言いグダグダしているのも嫌だったので、思い切ってちょうどタイミングが良く、また、関東開催なので、思い切って全国学会から、応募してしまいました。

 ちょっとビビっていますが頑張ります。



 さて、今日は見える化について少し思うところがあったので書こうかと思います。


 

 MTDLPにもあるように作業療法の「見える化」がかなり、重要視されているように思います。私も今年の目標に挙げています。

 ツイッターでも、視点は違うんだけれども、結局は見た目は理学療法と同じになってしまうなど、そういった話が多いように巻維持ています。

 だからこそ、視点を見える化しておく、ということが大切なのかなと考えています。

 私たちが直接かかわれる時間は40分とかですが、直接関わる時間以外にも、情報提供や、様々な調整、環境設定などいろいろな役割を担うことが多いと思います。直接かかわる時間は40分徒手的に行っていたとしても、作業療法の視点を活かす機会もあるのではないかと思います。




 でも、どのように示していけばいいのか、これは難しいなぁと思います。

 

 

 
 MTDLPはいわゆるクライエントの意味のある作業などに焦点を当てて、マネジメントしていくツールだと思います。評価は、聞き取りシートとBI、FIM等のADL・IADLの評価でしょうか。

 しかし、使っていると、これは私の技術不足かもしれませんが、まず意味のある作業が聞き取れないということがあります。そして、聞き取れても数値化できない。これも時折歩きがしまう。

 今何をすればいいのかわからないという状態や、現状で満足だから特に何もない、ということも結構あると思います。

 そうすると、MTDLPやCOPMといった評価は一気に使いにくくなると思います。
 





  最近思うのですが、これは仕方がないことだと思うときがあります。むしろ一緒に探していく、自然な流れの中で色んな経験をして、自分らしくなっていくということを重視する必要があるなぁと感じています。

 CL中心というとCLが述べた作業に焦点を当てて、そこからスタートしなければいけないという考えが自分の中にあったような気がします。




 最近ロジャーズの生い立ちを読んだりしていたのですが、彼の家は厳格なキリスト教徒で「抑圧的」な環境で育ったようです。自分らしくいられなかったのでしょう。このことが、「非指示的」であったり、「無条件の肯定感」や「共感」を大事にしていた理由にも繋がるようです。

 自然な流れのなかで、周囲の共感を得て自分らしく生きられるようになること、を考えたときに、COPMやMTDLPなども人によってはとても使いやすいのですが、もっと自然な流れを評価して形にのこせればいいなーとなんとなく感じました。



 

 今、考えているのは、もう少しMOHOSTやCAODなど包括的な評価を使って自然な流れを数値かできないか、FIMなどはどうしてもあがらないときもあるので、質的な部分で伝える方法を模索していければなーと思います。

 あとは、今はCL中心の実践は課題指向型のような形になってしまっているので、もう少しCL中心を深めてみて自然な流れで行うことができないか模索したいなーという感じです。

 



 なんか、まとまりないですが、久しぶりなのでお許しください笑。

 今日はカール・ロジャーズ入門 自分が自分になるということを参考にしました!

 ブログ書いてる間に、オムツ交換とミルクをあげたりしておりました…笑。

 ではまた!
 ちょっと間が空いてしまいました。いつ子供が生まれてくるのか気になってなかなかいろんなことが手につきません。

 ブログを書くときにはは基本的には、何かしら本や何か資料を見ながら書いた方が勉強になると思っているのですが…今はそんな感じでもないので(笑)、思ったことをただただなんか吐き出そうかなと考えています。

 

 ついこの間ツイッターで作業療法士に向いていない気がするという学生さんのつぶやきを見てついつい反応してしまいました。

 最近は、向き不向きを考えることもあんまりなかったなぁと…。まあ、そろそろ子どもも生まれたら向き不向きなんて考えている場合じゃなく、しっかり働かなきゃいけないので何とも言えないですね…汗。





 私はダメ学生でしたし、実習は、正直実習どころでなく、一人暮らしが初めてで生活すらままならずメンタルだけぼろぼろになって帰ってくるような感じでした。
 
 思えば本当にとんでもない学生でした。

 実習が終わって学校に帰ると、教員からは「そんなんじゃ患者に嫌われる」「自信を持ってない作業療法士に見てもらう気持ちを考えろ」など、まあ、自分なりにメンタルがぼろぼろになってきたところに追い打ちがかけられました。

 今考えると結構気の強い女性の先生が多かったので、なよなよしてる男性が許せなかったのでしょう笑。




 私はもともと自分を下げてしまうタイプ(自分はできない等…まあ兄弟が優秀だったので小さいときからもともと劣等感の塊のような感じだったのもありますが…。)でかなりの劣等感を抱えていたので、自信を持ってバリバリ働いている自分なんていうのは全然想像できませんでした。

 そのころから、作業療法士は向いていないのでは?と思うことは多々ありました。

 しかし、その時は大学4年生でしたので、ひとまず資格だけはと思い、国家試験は何とか突破しました。




 就職先は、実習に行った際に病院は無理だと感じていましたので、老健とかがいいなーと考えて探していました。

 しかし、大学の先生の紹介で見学に行った回復期のリハ病院がとてもきれいで雰囲気が明るかったこともあり就職しました。

 見学の印象とは裏腹に、中で働いてみると、OT不足で免許が届くなり、いきなり20単位、多いときはモーニングケア、ナイトケアと称して、22単位をとるなんていうときもありました。

 もともと体力がないこともあり、ミスがあったのも私が悪かったのですが、上司、先輩も患者さん、実習生の前でも結構怒鳴ってくるような人ばかりで、精神的に疲弊してしまいました。

 酒におぼれるようになったのはこのころです笑。

 まわりの同僚や先輩はこなせているのに、自分だけ上手くこなせていない。劣等感はますます増していくばかりでした。

 このころは、もうとにかく、作業療法士に不向きなんじゃないかという思いよりも、職場から逃げないといけないという気持ちがかなり強くなっていました。


 

 そして、何とか今の訪問にたどり着きました。今は、不満もないわけではないですが、何とかやっていけています。

 もはや、訪問に入って一年目は、たまった心の闇を回復するような期間だったような気がします。

 訪問は土日が休みですので、それまで全く行けていなかった研修とかにもいけるようになりました。






 私は作業療法士はやっぱり堂々としてて、自信があるというのが大事なんじゃないかという思いと、自分はそうはなれないんじゃないかという思いがありました。

 しかし、クライエント中心の作業療法を勉強しているときに「案外頼りなさげな学生や、OTが活躍している」といったような話を聞いたときに、自分の中で勝手にできていた(いや、環境もあるなぁ)OTの理想像でなくても、いいんじゃないかなと思いました。

 環境や、自分の中の歪んだ認知によって、勝手な自分のOTの理想像を作ってみたり、こうあるべきというものを作ってしまっていただけなんじゃないかなと、いま以前を振り返ると思います。





 OTはPT・STにくらべて本当にいろんな領域があると思います。

 身体機能の回復を突き詰めたい、心身機能にとらわれない関わりをしたい。

 精神を中心にみたい、身体を中心にみたい。

 お年を召した方との関わりがしたい、子供と関わりたい。

 

 



 OTの向き不向きというよりは、自分がどんなところで働いたら、自分らしく働けるかなのかなぁとなんとなく感じています。

 誰でも向いている職場・領域があるんじゃないかなぁと…見つけるのは大変かもしれませんが…汗。

 みなさんはどんなところだったら自分が輝けそうでしょうか?




 
 私は自分が向いていると思えることはまだまだないですが、ひとまずOTとしての人生は続きそうです。でも、仕事として続けられているということは振り返ってみるとありがたいことだなぁと思います。




 なんか、ばーっと書いてたらこころが落ち着いてきました。

 ではまた!
 寒くて寒くて…つらいです。子供のほうも臨月を迎えておりますので外飲みはしておりません。家で飲むくらいならいいよね…。どうなんでしょう、家でもダメでしょうか…。




 私が今のいわゆる作業系を中心に勉強してみようかなと思った一番のきっかけは、茨城の県立医療大学であった「作業療法の進め方」という吉川先生の講演でした。

 その時は、こんな視点があるのかーと、とても新鮮な感じがしました。

 その時の資料の最後に
 
 「作業の力を信じよう」

 と書いてありました。正直その時はどういうこと?と思いましたが、今ならなんとなく、何を伝えたかったのかわかる気がします。





  たまに思うことなのですが、作業療法士の中でも、作業が持っている力を活かしたいと思っている人と、そうでもない人がいると思います。

 以前読んだ作業科学か何かの記事?に作業の力を信じることができないのは、趣味や何かに打ち込んだりしたことがないのではないか、といったことが書かれていたような気がします。

 作業が持っている力を活かしたいと思っている人と、そうでもない人、差はそういうことなのかなと、時折思います。

 私は、身体が丈夫なのはありがたいのですが、非常にメンタルが弱いので、何度も、音楽に救われてきました。

 その救われる感じは、何とも言えないものだと思います。

 人よりも自分の趣味に救われている、という自負はちょっとだけあります笑。

 音楽を効いたり、楽器を弾いたり、ライブに行ったり…そして、男のくせに、一人でライブで号泣したり苦笑。そういったことをするだけで、なんとかまだ踏ん張れるなぁなんて漠然と感じたりしていました。

 作業には様々な力があると感じられるのは、やはり、経験をしたか、してないかという差は大きいと思います。

 きっと、私のブログをここまで呼んでくれている人は、経験している方が多いのではないかと勝手に想像しつつ…笑。

 

 
 臨床でも、そういった経験をしたか、してないか、でまた違うかもしれないですね。

 とにかく起きなかった認知症のCLと、正月の飾りを作ったら活動的になった、とか

 欝傾向が強い人と、料理をして、たまたま来ていた家族に振舞ったら、凄い笑顔になった、とか

 皆さんの、そういったストーリーを教えてほしいです。


 


 「作業」を「療法」として使うのは難しいですし、とても浮く気もしますし、まだまだ知名度も低いですしつらいなーと思うことが多いです。

 でも、作業療法士が作業をみないで誰が見るんだろうと思うときもあります。

 泥沼のままです。うん、まとまらない。

 ちょっと、作業療法を放棄したい気分が出てきたので、初心を思い出す意味を込めて、取り留めもなく書かせていただきました。よし、明日から再出発です。



 

 ではまた。

 
 
 
 ちょっとずつ暖かい日もありますが、まだまだ寒いですねー。

 久しぶりに金曜日にお酒を飲まなかったらなんか、ちょっと胸騒ぎがします。むむ…。



 
 さて、今日は前々からやってみたいなーと思っていた物をやろうかと思っています。ポートフォリオです。

 ポートフォリオとは、自分の成果や能力をまとめて整理し,周囲に伝えるための個人的評価ツールになります。
 
 キールホフナーは、作業療法士としての自らの同一性を強化するためにポートフォリオを作ることを推奨しています。

 

 
 作業パラダイムから、機械論パラダイム、また新しく創発しつつあるパラダイムと、作業療法はまさしく混沌としています。

 作業療法は何か説明できない…。もはや作業療法士に作業療法とは何か聞いてはいけないという都市伝説まで…笑。

 作業療法士として同一性の混乱を経験されている方は多いのではないかと容易に想像できます。 私もですから。

 

 
 概念的ポートフォリオには以下の要素が必要です。
 
 ・作業療法の個人的定義
 ・クライアントと、提供するサービスの明確な特性
 ・実践を導く個人的な価値の設定
 ・クライエントのニーズに取り組むために用いる概念的実践モデルを明らかにし、はっきりとりかいすること
 ・実践に情報をもたらす関連知識を明らかにすること

 結構難しいですね…。ちょっと、自分に沿ってまとめてみようかと思います。


☆作業療法の個人的定義☆

 もうね、しょっぱなから難しい笑。自分で定義づけたことはあまりありません。ちょっとまとめてみると…


 「作業療法は、クライエントが自分でより良い生活を目指せるように支援することによって、結果として穏やかに過ごせるようになるという過程。」


 協会として、とかWFOTが、とか色々あるとは思うんですが、今の私はこんな感じな気がします。

 作業を通してとか、可能化がとか色々ありますが、訪問に出て長い目でみると、穏やかに過ごすというのは難しいですよね。

 作業バランス、作業的公正、不公正、習慣…様々な要素がありますから、穏やかに過ごすために、作業の視点がたくさん使えるように思います。


☆クライアントと、提供するサービスの明確な特性☆

 私は訪問の中で、老年の身体疾患、青年~成人の精神疾患の利用者さんを担当させていただいています。制度では介護保険や自立支援、指定難病結構いろんな制度を使わせていただいているように思います。

 「クライエントの疾患、年齢はそれぞれであるが、作業機能障害に対して、クライエントと協業していくということを行っています。中には協業が難しい利用者さんもいますが、そのような方には、マッサージ等をしながらでも、生活の困りごと、やってみたいことなどに焦点を当て、作業的な視点でクライエントの生活を良いものにできるようにしています。また、環境設定や相談等を行い、外的なバリアを取り除けるよう支援しています。」

 まあ、こんな感じでしょうか、うん、歯切れわる笑。でも、最近は「作業を実際にやる」ことにはこだわりすぎずにやっております。作業の視点で、あくまで生活を豊かにできればという感じでしょうか?


☆個人的な価値☆

 これもまた…難しい。私が価値を置いていることは以下でしょうか。

 ・クライエントが持っている能力への信頼
 ・クライエントへの無条件の肯定感
 ・多様性の認識

 
 いっぱい挙げてもしょうがないのでこれくらいでしょうか。基本はクライエントがありのままの状態でいられるようにいうのがあるのが、根底にあるのかもしれない、と今気づきました笑。


☆ニーズに取り組むために用いる概念的実践モデル☆

 興味があるモデルをちょっとずつつまんで…ぐらいの感じなので…いやはや。基本的にはMOHOやCMOP、OTIPMなどを中心に考えているんですが実践となると、なんとなく使ってるぐらいじゃあれなので、マインドマップ(風)を使ってなんとなく似た要素をまとめてみました。

自己概念


 色んなモデルを、ちょっとつまんで思うことは、結局のところクライエント中心を基盤に、面接、観察で得られたことを生体力学的アプローチや、可能化の技能、環境設定などで調整していくという形がメインになっているのだと思います。

 こう見ると、共通している要素は各理論多いですねー。



 関連知識は…ありません、この辺で勘弁してください…笑。



 私がポートフォリオをやりたいと思ったのは、第25回作業行動学会の大会長講演の抄録が、なんか人間臭くていいなーと思ったからです。人に歴史あり。



 ちなみにポートフォリオについては「作業療法実践の理論」からでした。


 このページは思いったったらまた編集すると思います。ではまた!






 

作業療法実践の理論 原書第4版



 そろそろ酒が飲めなくなります。酒OTです。そろそろ子どもが生まれますので…。嫁に恨まれないように。

 研修会もなかなか行けなくなると思いますので、今週来週と研修会ラッシュにしました笑。



 久しぶりにgeneの勉強会に行ってきました。たぶん3年ぶりぐらいじゃないかしら?

 理学療法しかポイントつかないんですねー。以前はポイントとか気にしてなかったんですが、とりあえず認定を目指してみようかなーと思い始めてからは、なんとなく気になります。




 さて、今日はCI療法系の研修でした。

 なんで系かというと、たぶんCI療法のさわりぐらいなんだろうなーと思ったためというのも大きいのと、講師の先生も療法という言葉をあまり好まないようでしたので。

 

 ちょうど、同僚STさんから、

 「PTさんが入って肩は上がるようになったんだけどそこに何の意味があるかわからない」 

 という、かなり過激な笑、話をされたばかりだったのでタイムリーでした。


 「動く手≠使える手」であるというのは、まだまだ認識が薄いのかもしれません。

 上肢の評価もFMAからMALとか色々変化していっているんですね…MALは論文で見ることはありますが、上肢に対しての介入では積極的に使っていかないといけないなぁと感じました。いやはや知らないことだらけです。 

 私自身、あんまり使える手みたいなのは気にしたことがなかったような気がします。

 久しぶりに普段とは違うカテゴリーの勉強会だったような気もしますので、またまた、自分用にまとめます。




☆CI療法☆

 私はてっきり完全に身体機能寄りに考えられた療法なのかと思ったのですが、どうもそうでもない側面もあるようですねー。

 CI療法を作ったTaubは行動神経科学者で、もっとも重要なのは、麻痺手の「機能を改善させること」ではなく、麻痺手の「行動を変容すること」だとのことで…思ってたイメージとちょっと違いました。

 CI療法の構成要素としては、

 ①麻痺手の量的訓練
 ②課題指向訓練
 ③訓練で獲得した機能を生活に転移させる手法(Transfer package)

 これのどれが抜けてもだめで、どれかの要素が抜けると効果が持続せず、機能が落ちてしまうようです。

 逆に、全ての要素が組み込まれていれば、終了後も麻痺側の機能が良くなるそうで…。

 行動が良い方向へかわれば、機能も良くなっていくということみたいです。

 まさに「人間は、精神と意志によって活力を与えられた両手の使用を通して、自分自身の健康状態に影響を及ぼすことができる」といったところでしょうか。


☆麻痺手に対する量的な訓練☆

 CI療法というと非麻痺側を拘束して1日6時間ぐらいの訓練を二週間ぐらい…。とか、おうスパルタ…。みたいなイメージがあったんですが、そうでもないんですね。

 まずは、抑制が効かずに非麻痺側を使ってしまうとかでなく、適切に麻痺側を使えるのであれば拘束しなくてもいいらしいです。
 
 で、時間もそんなに長くなくていいとのことです。

 量的な訓練を行うことによって、半球間抑制関係が正常化に近づくようです。


☆課題指向型訓練☆

 ここでは、内的動機づけを高めること、訓練の目標を決めることが大切ということでした。

 うんちょっとだけ、なじみのある話題笑。アンダーマイニング効果。

 「内発的動機づけによって行われた行為に対して、報酬を与えるなどの外発的動機づけを行うことによって、動機づけが低減する現象をいう。 例えば、好きでしていた仕事に対して褒美を与えると、褒美なしではやらなくなってしまう、などの現象。」

 内的動機づけを大事しなければだめですね。

 課題指向型訓練は

 ①Shaping
 ②Task‐practice

 があります。
 

 Shapingは行動療法の原則に従った手法で、課題に対するおおよその成功率に伴い、難易度を徐々に漸増させる手法です。
 
 治療者が改善すると予想した動き、もしくは目標とする作業に含む動きを設定します。

 ペグや、ブロック等を使い、だいたい1施行30~45秒程度で行えることが目安のようです。

 手段的な作業の利用ですね。

 
 逆に、Task‐practiceは目的的な作業の利用で、実動作を通して直接的に動作を練習します。 

 とても目的意識が強い人(何々がしたい!)っていう人にはShapingを中心に、自己効力感が低い人には上手くTask‐practiceを織り交ぜながら人に合わせてやっていくのが良いとのアドバイスもありました。


 ☆訓練で獲得した機能を生活に転移させる行動学的手法☆

 訓練で獲得した機能を生活に転移させる手法(Transfer package)、これがないと結局学習性不使用になってしまい、機能が落ちてしまうといったことが起こるようです。

 大まかにいうと、日常生活で麻痺側を使う動作を、

 ①麻痺側上肢のみで行う
 ②両上肢で行う
 ③健側上肢のみで行う
 
 に分け、実施してみて不可能であればOTと解決方法を考え、可能であれば使用頻度と質の向上を目指すといったものです。
 
 麻痺手を使う契約(Behavioral contract)をする、ということで徹底してるなーとちょっとびっくりしました。でも、これだけやったらこれぐらいの変化、という感じに、CLとTHがお互いに責任を持てる関係でないといけないですね…。私なんか生ぬるいです。






 かなりざっくりですが、こんな感じでした!伝達講習もするので、じっくり、勉強しながら理解を深めていきたいと思っています。

 こういう手法を使っていけば、機能と作業は別物ではなくなりそうですね。

 私的には徒手でなく、手段的な作業の利用をもっと増やして行きたいなと思うきっかけになりました。


 それにしても、何か軸がある人はやっぱりすごいですねー。私もなにか軸になるものがほしいです。私は浅く浅く浅く…。いや、参りました。

 ではまた!

CI療法―脳卒中リハビリテーションの新たなアプローチ




作業で語る事例報告: 作業療法レジメの書きかた・考えかた