主に作業療法、時折音楽のことを、酒を飲みながら書いていきます。


 ちょっと間が空いてしまいました。いつ子供が生まれてくるのか気になってなかなかいろんなことが手につきません。

 ブログを書くときにはは基本的には、何かしら本や何か資料を見ながら書いた方が勉強になると思っているのですが…今はそんな感じでもないので(笑)、思ったことをただただなんか吐き出そうかなと考えています。

 

 ついこの間ツイッターで作業療法士に向いていない気がするという学生さんのつぶやきを見てついつい反応してしまいました。

 最近は、向き不向きを考えることもあんまりなかったなぁと…。まあ、そろそろ子どもも生まれたら向き不向きなんて考えている場合じゃなく、しっかり働かなきゃいけないので何とも言えないですね…汗。





 私はダメ学生でしたし、実習は、正直実習どころでなく、一人暮らしが初めてで生活すらままならずメンタルだけぼろぼろになって帰ってくるような感じでした。
 
 思えば本当にとんでもない学生でした。

 実習が終わって学校に帰ると、教員からは「そんなんじゃ患者に嫌われる」「自信を持ってない作業療法士に見てもらう気持ちを考えろ」など、まあ、自分なりにメンタルがぼろぼろになってきたところに追い打ちがかけられました。

 今考えると結構気の強い女性の先生が多かったので、なよなよしてる男性が許せなかったのでしょう笑。




 私はもともと自分を下げてしまうタイプ(自分はできない等…まあ兄弟が優秀だったので小さいときからもともと劣等感の塊のような感じだったのもありますが…。)でかなりの劣等感を抱えていたので、自信を持ってバリバリ働いている自分なんていうのは全然想像できませんでした。

 そのころから、作業療法士は向いていないのでは?と思うことは多々ありました。

 しかし、その時は大学4年生でしたので、ひとまず資格だけはと思い、国家試験は何とか突破しました。




 就職先は、実習に行った際に病院は無理だと感じていましたので、老健とかがいいなーと考えて探していました。

 しかし、大学の先生の紹介で見学に行った回復期のリハ病院がとてもきれいで雰囲気が明るかったこともあり就職しました。

 見学の印象とは裏腹に、中で働いてみると、OT不足で免許が届くなり、いきなり20単位、多いときはモーニングケア、ナイトケアと称して、22単位をとるなんていうときもありました。

 もともと体力がないこともあり、ミスがあったのも私が悪かったのですが、上司、先輩も患者さん、実習生の前でも結構怒鳴ってくるような人ばかりで、精神的に疲弊してしまいました。

 酒におぼれるようになったのはこのころです笑。

 まわりの同僚や先輩はこなせているのに、自分だけ上手くこなせていない。劣等感はますます増していくばかりでした。

 このころは、もうとにかく、作業療法士に不向きなんじゃないかという思いよりも、職場から逃げないといけないという気持ちがかなり強くなっていました。


 

 そして、何とか今の訪問にたどり着きました。今は、不満もないわけではないですが、何とかやっていけています。

 もはや、訪問に入って一年目は、たまった心の闇を回復するような期間だったような気がします。

 訪問は土日が休みですので、それまで全く行けていなかった研修とかにもいけるようになりました。






 私は作業療法士はやっぱり堂々としてて、自信があるというのが大事なんじゃないかという思いと、自分はそうはなれないんじゃないかという思いがありました。

 しかし、クライエント中心の作業療法を勉強しているときに「案外頼りなさげな学生や、OTが活躍している」といったような話を聞いたときに、自分の中で勝手にできていた(いや、環境もあるなぁ)OTの理想像でなくても、いいんじゃないかなと思いました。

 環境や、自分の中の歪んだ認知によって、勝手な自分のOTの理想像を作ってみたり、こうあるべきというものを作ってしまっていただけなんじゃないかなと、いま以前を振り返ると思います。





 OTはPT・STにくらべて本当にいろんな領域があると思います。

 身体機能の回復を突き詰めたい、心身機能にとらわれない関わりをしたい。

 精神を中心にみたい、身体を中心にみたい。

 お年を召した方との関わりがしたい、子供と関わりたい。

 

 



 OTの向き不向きというよりは、自分がどんなところで働いたら、自分らしく働けるかなのかなぁとなんとなく感じています。

 誰でも向いている職場・領域があるんじゃないかなぁと…見つけるのは大変かもしれませんが…汗。

 みなさんはどんなところだったら自分が輝けそうでしょうか?




 
 私は自分が向いていると思えることはまだまだないですが、ひとまずOTとしての人生は続きそうです。でも、仕事として続けられているということは振り返ってみるとありがたいことだなぁと思います。




 なんか、ばーっと書いてたらこころが落ち着いてきました。

 ではまた!
 ちょっとずつ、あったかくなってきました。年度末も近づき、だいぶ人の出入りが多く落ち着かない感じでしょうか。

 私も、訪問に入ってからの三年間は作業の理論を勉強することが多かったのですが、もう少し疾患別の勉強をしたいと思っています。今まではちょいちょいつまんできてしまったので、これができます、と自信を持って言えるものがない…。

 将来的には身体領域、精神領域どちらでもいいのですがもう少しどちらかに特化してやってみたいと思っているんですが、どちらが向いているのか…。

 さて、なにから始めようか…。






 最近クライエント中心をツイッターで良くみかけるのですが、どんなところに誤解されやすいかなーということを考えていました。

 そうしたら、やはり吉川先生がわかりやすく書いていました。いつもお世話になっています、COPM・AMPS実践ガイドですね。

 最近なんか読んだことがあるものでも思い出せなくなってきているんですが、皆さんはどうやって覚えているんでしょうか?

 まあそれはさておき、誤解されやすいものと、本当のクライエント中心を比較しております。



 クライエント中心の正誤

 

 最近は客観的にとらえるだけでなく、主観的にとらえることが大事になってきているので、クライエントの意見も大切ではありますが、TH・CLともに責任を持って取り組むことが大事ですね。

 最近はこのあたりをもう少し深めたいと思い、ロジャーズに関する本を読んだりしています。クライエント中心の作業療法の基盤がどこにあるかを知るにはロジャーズのことを知るとさらに深められるのではないかと感じています。

 誤ったクライエント中心にならないようにすることは、結構難しいなとこの表を見て思います。

 




 誤ったクライエント中心にならないようにするにも、なんとなく条件があるんだろうなーというのが最近思っていることです。

 これはあくまで、カウンセリングのクライエント中心療法の要素ですが、

 ・セラピストの態度と技術
 ・セラピストの自己理解
 ・クライエントの価値や意義を認め尊重すること
 ・クライエントの能力への信頼 

 このあたりを理解しながら行わないと難しいんだろうなと思います。

 クライエントの価値とかじゃなく、TH側が周囲から機能向上を求められている空気を知らず知らずのうちに反映していしまっている、とか。クライエントが望んでいる、機能訓練を無理に止めて作業中心に持っていくっていうのもなんか違うなと思っているときもありますし。

 MOHOなどを使っても心身機能に焦点が当たってしまったというようなツイートがありましたけど、心身機能に焦点をあてることから離れるって難しいですよね…。

 カナダ実践プロセス枠組み(CPPF)には、クライエントやセラピスト自信がどんな社会的脈絡にいるかもはっきりさせる必要があります。自分がどんな環境にいてどんなことに価値を持っているのか、とかも知ったうえで行わないといけないですね。難しい。




 やっぱり文がまとまらないですねー笑。すみません。

 


 ちなみに、WFOTの声明文に作業療法はクライエント中心と、書かれていますが、やっぱりクライエント中心を行うことが難しいなぁと感じることがあるので、最近はこだわりすぎないときがあってもいいかなぁと思います。

 ロジャースも、クライエント中心が難しいこともあったり、全てではないといっています。

 どんな形で作業療法が展開できるのか、いろいろ考えてみたいと思います。

 次は久しぶりにMOHOとかの復習にしたいなぁ…。

 以上、イッテQの録画を見ながら書いてました!
 
 ではまた!



 寒くて寒くて…つらいです。子供のほうも臨月を迎えておりますので外飲みはしておりません。家で飲むくらいならいいよね…。どうなんでしょう、家でもダメでしょうか…。




 私が今のいわゆる作業系を中心に勉強してみようかなと思った一番のきっかけは、茨城の県立医療大学であった「作業療法の進め方」という吉川先生の講演でした。

 その時は、こんな視点があるのかーと、とても新鮮な感じがしました。

 その時の資料の最後に
 
 「作業の力を信じよう」

 と書いてありました。正直その時はどういうこと?と思いましたが、今ならなんとなく、何を伝えたかったのかわかる気がします。





  たまに思うことなのですが、作業療法士の中でも、作業が持っている力を活かしたいと思っている人と、そうでもない人がいると思います。

 以前読んだ作業科学か何かの記事?に作業の力を信じることができないのは、趣味や何かに打ち込んだりしたことがないのではないか、といったことが書かれていたような気がします。

 作業が持っている力を活かしたいと思っている人と、そうでもない人、差はそういうことなのかなと、時折思います。

 私は、身体が丈夫なのはありがたいのですが、非常にメンタルが弱いので、何度も、音楽に救われてきました。

 その救われる感じは、何とも言えないものだと思います。

 人よりも自分の趣味に救われている、という自負はちょっとだけあります笑。

 音楽を効いたり、楽器を弾いたり、ライブに行ったり…そして、男のくせに、一人でライブで号泣したり苦笑。そういったことをするだけで、なんとかまだ踏ん張れるなぁなんて漠然と感じたりしていました。

 作業には様々な力があると感じられるのは、やはり、経験をしたか、してないかという差は大きいと思います。

 きっと、私のブログをここまで呼んでくれている人は、経験している方が多いのではないかと勝手に想像しつつ…笑。

 

 
 臨床でも、そういった経験をしたか、してないか、でまた違うかもしれないですね。

 とにかく起きなかった認知症のCLと、正月の飾りを作ったら活動的になった、とか

 欝傾向が強い人と、料理をして、たまたま来ていた家族に振舞ったら、凄い笑顔になった、とか

 皆さんの、そういったストーリーを教えてほしいです。


 


 「作業」を「療法」として使うのは難しいですし、とても浮く気もしますし、まだまだ知名度も低いですしつらいなーと思うことが多いです。

 でも、作業療法士が作業をみないで誰が見るんだろうと思うときもあります。

 泥沼のままです。うん、まとまらない。

 ちょっと、作業療法を放棄したい気分が出てきたので、初心を思い出す意味を込めて、取り留めもなく書かせていただきました。よし、明日から再出発です。



 

 ではまた。

 
 
 
 ちょっとずつ暖かい日もありますが、まだまだ寒いですねー。

 久しぶりに金曜日にお酒を飲まなかったらなんか、ちょっと胸騒ぎがします。むむ…。



 
 さて、今日は前々からやってみたいなーと思っていた物をやろうかと思っています。ポートフォリオです。

 ポートフォリオとは、自分の成果や能力をまとめて整理し,周囲に伝えるための個人的評価ツールになります。
 
 キールホフナーは、作業療法士としての自らの同一性を強化するためにポートフォリオを作ることを推奨しています。

 

 
 作業パラダイムから、機械論パラダイム、また新しく創発しつつあるパラダイムと、作業療法はまさしく混沌としています。

 作業療法は何か説明できない…。もはや作業療法士に作業療法とは何か聞いてはいけないという都市伝説まで…笑。

 作業療法士として同一性の混乱を経験されている方は多いのではないかと容易に想像できます。 私もですから。

 

 
 概念的ポートフォリオには以下の要素が必要です。
 
 ・作業療法の個人的定義
 ・クライアントと、提供するサービスの明確な特性
 ・実践を導く個人的な価値の設定
 ・クライエントのニーズに取り組むために用いる概念的実践モデルを明らかにし、はっきりとりかいすること
 ・実践に情報をもたらす関連知識を明らかにすること

 結構難しいですね…。ちょっと、自分に沿ってまとめてみようかと思います。


☆作業療法の個人的定義☆

 もうね、しょっぱなから難しい笑。自分で定義づけたことはあまりありません。ちょっとまとめてみると…


 「作業療法は、クライエントが自分でより良い生活を目指せるように支援することによって、結果として穏やかに過ごせるようになるという過程。」


 協会として、とかWFOTが、とか色々あるとは思うんですが、今の私はこんな感じな気がします。

 作業を通してとか、可能化がとか色々ありますが、訪問に出て長い目でみると、穏やかに過ごすというのは難しいですよね。

 作業バランス、作業的公正、不公正、習慣…様々な要素がありますから、穏やかに過ごすために、作業の視点がたくさん使えるように思います。


☆クライアントと、提供するサービスの明確な特性☆

 私は訪問の中で、老年の身体疾患、青年~成人の精神疾患の利用者さんを担当させていただいています。制度では介護保険や自立支援、指定難病結構いろんな制度を使わせていただいているように思います。

 「クライエントの疾患、年齢はそれぞれであるが、作業機能障害に対して、クライエントと協業していくということを行っています。中には協業が難しい利用者さんもいますが、そのような方には、マッサージ等をしながらでも、生活の困りごと、やってみたいことなどに焦点を当て、作業的な視点でクライエントの生活を良いものにできるようにしています。また、環境設定や相談等を行い、外的なバリアを取り除けるよう支援しています。」

 まあ、こんな感じでしょうか、うん、歯切れわる笑。でも、最近は「作業を実際にやる」ことにはこだわりすぎずにやっております。作業の視点で、あくまで生活を豊かにできればという感じでしょうか?


☆個人的な価値☆

 これもまた…難しい。私が価値を置いていることは以下でしょうか。

 ・クライエントが持っている能力への信頼
 ・クライエントへの無条件の肯定感
 ・多様性の認識

 
 いっぱい挙げてもしょうがないのでこれくらいでしょうか。基本はクライエントがありのままの状態でいられるようにいうのがあるのが、根底にあるのかもしれない、と今気づきました笑。


☆ニーズに取り組むために用いる概念的実践モデル☆

 興味があるモデルをちょっとずつつまんで…ぐらいの感じなので…いやはや。基本的にはMOHOやCMOP、OTIPMなどを中心に考えているんですが実践となると、なんとなく使ってるぐらいじゃあれなので、マインドマップ(風)を使ってなんとなく似た要素をまとめてみました。

自己概念


 色んなモデルを、ちょっとつまんで思うことは、結局のところクライエント中心を基盤に、面接、観察で得られたことを生体力学的アプローチや、可能化の技能、環境設定などで調整していくという形がメインになっているのだと思います。

 こう見ると、共通している要素は各理論多いですねー。



 関連知識は…ありません、この辺で勘弁してください…笑。



 私がポートフォリオをやりたいと思ったのは、第25回作業行動学会の大会長講演の抄録が、なんか人間臭くていいなーと思ったからです。人に歴史あり。



 ちなみにポートフォリオについては「作業療法実践の理論」からでした。


 このページは思いったったらまた編集すると思います。ではまた!






 

作業療法実践の理論 原書第4版



 お久しぶりです。研修会に結構行っておりました。

 協会主催の研修会にはあんまり出たことがなかったんですが、認定を目指してみようかなーという思いがちょっとずつ出てきたので、参加してきました。

 何を目指していいかわからないというのが正直なところです。皆さんは作業療法士としての目標がありますでしょうか?

 私はありません…汗。目標を探すという作業を頑張ります…。




 さて、ESIの認定評価者になって、少し経ちますが、伝達講習を済ませていません。

 AMPSのときの伝達では、「観察して、で、どうするんですか」「必要なんですか」等の質問を結構されました。

 このブログにも「AMPS 認定評価 必要」や「AMPS 講習会 必要?」などのワードでたどりついてくださる人がいるようです。

 (一日4、5人くらいしかサイトの訪問がないから適当に書いて大丈夫だなー(爆)とか思っていたら、スマホサイトのほうにアクセス解析をつけ忘れていたようで…案外見てくださっているんですね、恐縮です…。)



 観察の必要性について思うところがあり調べていたので、ちょっとだけここにまとめてからパワーポイントを作り始めようかと思います。


☆作業療法士としての技能☆

 作業遂行能力、作業参加、作業満足度を上げる方略として…

①心身機能向上
②心理的状態を向上
③作業遂行技能の向上新たな習得
④作業方法や、する作業を変える
⑤環境調整

 観察をすることによって3~5までの介入に対して、評価ができるようになると思います。

 というより、実際に見るか、最低でも、本人か誰かにどうやっているかなどを聞かないと、介入の使用がないような気がします。

 それなんで、とにかくやってみることが大事ということですかね。
 

☆やってみなきゃわからない?☆


 慣れているIADL課題においては、技能が加齢による機能低下を代償し、必ずしも日常生活能力に影響を及ぼさないことも示された。(APDL課題の慣れの有無における遂行能力差と年齢の影響、齋藤ら、2001)


 必ずしも機能が落ちているから、作業ができない、ということは必ずしも当てはまりません。

 この人自転車乗れるんかい!とか、この人こんな難しいことできるんかい!っていうのはたまにありますよね。

 想像しているよりできた、想像していたよりできないとか色々あると思いますがひとまずは…。


 「百聞は一見にしかず」


 といったところでしょうか。

 でも、実際のところ、見たことをどのように評価していいかわからない、ということがあると思います。

 私は学校では習わなかったので、観察評価なんて気にすることはありませんでした。


☆何を観察するかわからない☆ 
 
 観察技術を補うためには,知識を増やすこと,観察事項を意識することと指摘している.したがって,効率的,効果的に観察や分析を行うためには,クライエントが抱える医学的背景を理解し,作業遂行技能の特徴を知識や観察視点として持っていることが必要である.(田川義勝:面接法・観察法.岩崎テル子,小川恵子,小林夏子,福田恵美子,松房利憲・編,作業療法評価学(標準作業療法学専門分野),第2 版,医学書院,東京,2011,pp. 46-61.)

 AMPSは観察事項を意識することで、効率的、効果的に観察や分析を行うためのものです。

 AMPSの講習を受けてからは、以前よりは、動作を見て、どこを見ていいかわからないよーということは減ったように思います。

 AMPSで言えるのは、作業遂行のどこに修正の余地があるのかということはわかりやすくなります。
 
 ちなみに、数値も出せますが、ちょうど料理がしたい‐とか、掃除したい‐とか、着替えが、とAMPSにある課題をやる必要があるときは数値を出しますが、そうでないときは出しませんし、出す必要がないとも思います。

 ROMは必要があるときは測るけど、そうでないときは測らないのと同じ感じでしょうか。

 あくまで、AMPSの視点でみる、ことはできるので、認定評価者にならなくても、まずは本を読んだりして、自分なりにどんな視点があるか確認してみても良いかもしれません!







 昨日は全く別の研修会でしたが、観察についてなるほど、と思ったことがあります。

 「知識→注意を向ける→観察可能→判断可能→対応可能」

 ということです。知識がないと注意が向かないですし、観察が難しくなります。知識が抜けると…

 「判断可能→対応可能」

 しか残らないと講師の先生が言っていました。しかし、それは不毛なことです。極端に言えば。

 「あの人は料理はできない→あきらめてもらおう」
 
 ということです。知識があれば、あの人は料理のどの部分とどの部分ができないから、ここは自助具を使って、ここだけ介助してもらって…。など、多様性にあふれた対応ができるようになります。

 どこができて、どこができないのかを適切に把握するためにも、観察評価は有益ではないでしょうか。

 観察評価は有益であって何もAMPSだけが観察評価ではありません。

 ただ最後にもう一度!


 あくまで、AMPSの視点でみる、ことはできるので、認定評価者にならなくても、まずは本を読んだりして、自分なりにどんな視点があるか確認してみても良いかもしれません!


 ではまた!

 

 
 
 

作業療法がわかるCOPM・AMPSスターティングガイド (For occupational therapists)




作業療法がわかる COPM・AMPS実践ガイド