主に作業療法、時折音楽のことを、酒を飲みながら書いていきます。


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 いやー寒くて、意欲が沸きません、まずい、やらなければならないことがあるのに…。書き物や資料作りがすすみません。意志が弱いのか。

 皆さんは、仕事終わりにどれぐらい勉強や、まあ、その他にも作業療法関係のことをされるんでしょうか?私はあくまで、仕事という作業にならないようにグダグダやりたいほうなので意志が弱いのかもしれません。

 でも、休日の講習会や、勉強などを仕事だからと思ってやってたら身が持たないですし、作業バランス崩れますよね…。

 だから、なるべく興味がある勉強会に出るようにしていますし、パソコンいじるのが大好きなんでこんな感じでブログ初めて見たり、音楽聞きながらゆっくりやるようにしています。

 興味があるものが、いわゆる「作業系」なのでかなり出る勉強会も偏っていると思います。

 しかし、今週は久しぶりにどちらかといえば「機能系」になるような勉強会に行ってきます。

ずいぶん久しぶりにgeneさん主催の勉強会で、「学習理論を基盤とした積極的上肢訓練-課題指向型訓練とTransfer package-~東京会場~」です。

 昔(といっても、まあ4年前くらいか…。)、吉尾先生の脳画像の研修を受けて、まったく理解できず、挫折して以来です笑。

 「機能VS作業」「生活モデルVS医学モデル」みたいな感じになってるみたいな話を聞きますけど、私はまだまだふらふらしている段階なので、何が何だかわかりません笑。
 



 

 上肢の話でたまに話題に出るのが、ライリーの有名な

"Man, through the use of his hands, as they are energized by mind and will, can influence the state of his own health."

 「人間は、精神と意志によって活力を与えられた両手の使用を通して、自分自身の健康状態に影響を及ぼすことができる」

 という仮説です。

 まあ、これは上肢の機能アップを目指せとかそういうことではありません。この訳は山田先生のもので、吉川先生は、

 「人はその気になって、考えてやってみれば、もっと健康な自分になれる」

 吉川先生は通訳もそうですけど、なんとなくなじみのある言葉に直してくださるのでわかりやすいです。Google先生(笑)は、
 
 「人間は、自分の手を使って、心と意志によって活力を与えられ、自分の健康状態に影響を与えることができます」

 だそうです。


 しかし、障害がある、なしとかではない「健康」な状態にあれば、確かに身体機能も高まってくる、ということを経験することも多いような気がします。退院時より、家に帰って生活してからの方が上肢が動くようになったとか。

 最近は作業療法の理論を学ぶことが多かったですが、身体機能ももっとしっかりみたいなという気も出てきています。







 病院勤務のときは、作業療法の理論も大して知らなければ心身機能も大して見られていませんでした。

 学校で勉強してきたことと現場は違う!とかいう話をく聞きますが、私は、何もわからなかったんですねー。

 とりあえず、同期につれていかれ、肩・手の触診解剖や、さっきの脳画像やPNFとか行きましたけど、正直なんか何のために何してるのかわからなかったなぁ…。小さなもやもやはすっきりしても、なんか大きなもやもやはそのままだったような気がします。

 あとは、やっぱりゴッドハンド的な存在は必ずいて、実演を何人かみせてもらったりして…なんかほとんど変わってないのにみんな「うん…変わった」的な空気を出して、ロッカーとかで「やっぱりかわってなかったよねー」みたいな感じになったりしてて、なんか疑問を抱いていました。あ、なんか悪口みたい…汗。

 最近ツイッターでたまに見かける目的を見失った、手段、だったのかもしれません。



 
 上肢はMOHO、OTIPMなら運動技能として必ずリンクしてきますし、カナダモデルでもスピリチュアルの身体の部分に入ってくるでしょう。
 COPMスターティングガイドでは障害中心主義として載っていたCI療法も、実践ガイドのまえがきにはCI療法などのエビデンスから、作業を通しての介入は、身体機能の治療になると紹介しています。

 今だったら、身体機能にしっかり踏み込んでも、ぶれない気がします。

 ベテランの先生から言われた、「作業を通して、身体機能をみればいい」が去年は印象的でした。心の片隅にそういう意識を持って…。

 食わず嫌いせず少しずつ。


 

 眠い…。ではまた!

疾患別 作業療法における上肢機能アプローチ


 寒くてこ凍えそうです…。いやー明日からの訪問が憂鬱になりそうです…。

 久しぶりに特に何もやることがなくのんびり過ごせております。

 それにしてもPCやスマホを除くととても疲れます…。せめて読み物をするときは紙にしようかと思っているのですが、かさばりますし、紙ももったいないですし…。はてどうしたらよいのでしょうか。Kindleっていいんですかね?




 ちょっと前回の記事から時間は立ってしまいましたが、ちょっとロジャースについて少し書いて、自分のために、まとめていこうかと思います。あくまで、自分のためなのでお手柔らかに…笑。


☆クライエント中心療法☆

 指示的療法、非指示的療法は、方法論上で論争を巻き起こしたものの、ロジャースは満足していなかったようです。

 ロジャースにとっては非指示的であることと人間の価値と意義に対する尊敬は、同義であったようですが、そのことが周囲には伝わっていなかったようです。

 それは方法論としての非指示的療法を大事にしていたわけでなく、その療法にたどり着いた意味を知ってもらいたかったというところにあるようです。
 
 方法であるとクライエントに何をするかが大事であって、セラピストがどんな姿勢、態度あるかは、重要視されません。

 しかし、セラピストがクライエントに対して、尊敬をしているときのみに、「非指示的」で、その場合に、非指示的療法が効果的であるとロジャースは考えていました。 

 そして、非指示的療法から、クライエント中心療法へと発展していきます。



 クライエント中心療法は大まかに

 ・セラピストの態度と技術
 ・セラピストの自己理解
 ・クライエントの価値や意義を認め尊重すること
 ・クライエントの能力への信頼 

 などから成り立っています。



 そしてセラピストの役割としては、

 ・非指示的
 ・感情を明確化すること
 ・感情移入的な理解

 が挙げられています。

 非指示的は受動的に、クライエントの話を聞き続けることではなく、クライエントに対してセラピストが興味があると積極的に示すことであると述べています。聞いてればいい、というのは誤解だそうです。

 ちなみに、自分が非指示的であると思っているセラピストの多くが、指示的であるとも述べています。面接の中で、クライエントの話だけを取り出しても理解できるものが非指示的、セラピストの話だけで理解できるものは指示的、どちらか片方の話だけでは分からない場合はどっちつかずだということです。





 ちなみにクライエント中心療法の効果としては、パーソナリティの変化などについて述べていますが、また、長くなりそうなのでまた機会がありましたら…笑。

 なんとなくクライエント中心のさわりは、わかってきたような気がします。自分なりにもう少し、わかりやすい形に解釈していければと思っております。




 寒くなりそうなので風邪には気を付けましょう!ではまた!


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 あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします。

 親戚周りや、遠くに住む祖母の家に行ったりしていたらあっという間に、成人の日が終わろうとしております。

 若干飲みすぎた感じがあり。内臓が疲れているような気がしております。今年は忙しくなりそうなので作戦は「いのちだいじに」で行きたいと思っています。大事にしよう。

 



 旅のお供に、ロジャーズの本を読んでいました。ロジャーズは患者をクライエントと呼び始めた元祖です。

 そして、このロジャーズの考えなどを基盤としているのがカナダ作業遂行モデルです。(以前ちょっとだけ触れた記事はこちら

 カナダモデルはこの、ロジャーズのクライエント中心の考えなどの他に、エンパワーメントと公平、Reed&Sandersonによる作業療法の見方、人間の生活における作業の性質と役割に関する作業療法の考え、といったところに基盤があります。

 また、WFOTの声明文にも「作業療法はクライエント中心」といったことが書いてあります。出だしですね。(声明文はこちら

 でも、なんかCL中心、CL中心言われすぎてわけがわからなくなってきたんですね(爆

 クライエント中心の作業療法(カナダモデルでの作業療法)で事例を発表したのですが「CL中心なんて当然じゃん」みたいな話になりまして。

 たぶん、クライエントの希望で行っていくのは当然でしょという感覚で行ったのかもしれないですが、クライエント中心の根本は「希望に沿う」ことだけじゃないんだけれども…。ということを言いたかったのですが、どうも自分なりに言葉にすることができなかったんですね。
 
 しかも、その人はカナダモデルも知らないし、本当できてるのかよ、という感じではあったんですが…あ、また悪口みたくなってしまった(苦笑)

 でも、なんかなんも知らない人に言われると腹が立つし(苦笑)、まあ自分の中でまとめておこうと思った次第です。

 CL中心とお客様第一で揉んでくれと言われたら揉むみたいなのが、混同している人が多いんじゃないかと思っています。特に介護保険下。あ、すみません偉そう(汗

 ちょっとロジャーズの考えをたどりながらまとめたいと思います。ちなみにロジャーズは臨床心理学者ですので、セラピーはカウンセリングになります。ただ、なじみが出やすいように今回はセラピーとさせていただきます。





☆指示的と非指示的☆


 はじめからロジャーズはクライエント中心療法にたどり着いたわけではなさそうです。最初は非指示的アプローチを推していたようです。

 最初は、指示的アプローチと対になる、非指示的アプローチを推奨しました。

 指示的アプローチは、それまでのパターナリズムに代表されるような、セラピストがクライエントの問題を発見、診断、処置し主導権を握る方法です。
 
 この方法はセラピストが問題を決めることになりますが、一方で、セラピストが発見したものが本当に問題なのかを考えなければいけないですし、クライエントを依存させてしまう可能性を持ちます。

 非指示的アプローチはクライエントの問題や行為の責任はクライエントにゆだねられます。クライエントこそ自分の中の問題を知っていて、また問題の解決方法については「クライアントこそ最上の案内人である」という立場をとります。

 ただ、ここで勘違いしてはいけないことは、クライアントが話してきたことをオウム返しするとか、とにかく聞くだけということではないようです。表現されている感情に注意を向けて応答する技術が必要で、中立的応答をし、クライエントが表現している態度を単純に再構築することが大事だそうです。難しい…。

 また、セラピストとクライエントとの関係の終結にも触れています。

 あくまでセラピーの目的は、クライエントの問題をすべて解決することでありません。

 「満足すべき生活は、問題の無い生活にあるのではなく、統一された目標を持ち絶えず問題に取り組んでいくに当たり、基本的な自信を持つ生活にある」

 なので、ロジャーズは問題がすべて解決されず、洞察も完全ではないからと言ってクライエントをセラピストのもとに引きとどめておくべきでないとの立場をとっています。

 セラピストが満足を得るのは「クライエントが成長へ進歩していること」、クライエントにとっての満足は援助を受ける満足感より「自立と成長を感じる満足」であると述べています。

 

 ちなみに、終結に関しては、セラピーに行き詰まりを感じたら「全然進歩していないのは、私が未熟なためとあなたが、本気になっていないためなんでしょう。中止しますか、それとも、もう少し続けますか?」と話してみるとありますが、それは病院や、会社でやったら間違いなく上司から怒られますね…笑。ただ、進歩がないならセラピストとクライエントの関係は長引かせるべきでないとも言っています。

 最初は、指示的と非指示的という構造で従来の指示的な、方法論的な療法に対してのアンチで、非指示的という立場をロジャースは取っていました。しかし、皮肉なことに指示的対非指示的という「方法論」上で論争を巻き起こしました。

 しかし、「方法論」ではなく、なぜ、非指示的なアプローチが必要なのかについてを知ってほしかったロジャーズは「クライエント中心療法」を提唱します。

 




 あかん、まとめてたら長くなりそうなのでシリーズものにさせていただきますー笑。ていうかMOHOもシリーズものにしたいのに全然触れてない苦笑。

 しかし、この非指示的アプローチだけでも、ロジャーズの基本的な考えがわかります。

 援助を受ける満足感よりも、自立と成長を感じて満足するような生活を探していくことが、ポイントとなりそうです。

 日本人は、マッサージとか、何かしてもらう、のが好きですから、まあなかなか難しいですし、カウンセリングの話なんでちょっとズレはあるかもしれないですけど…理想の形ではあります。





 明日から寒そうなので体力温存!ではまた!




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 もう今年も終わりですね…。私は紅白歌合戦の東京事変が出てきたことに驚愕しております。まさかここで、あのメンバーがそろうとは…。

 もうね、COUNTDOWN JAPANとかあるけど、紅白こそ元祖COUNTDOWN JAPAN。あんな幕張でわいわいやってるより、家で紅白!
 
 すみません、CDJをディスるわけではないんですが…笑。でも、紅白ほんといいですよねー。

 ちなみに、ビールロングかん4本から日本酒に移行してますので、案外酔ってます。

 せっかくなのでブログのタイトル酒と音楽と作業療法で今年を振り返りたいと思います。


☆酒☆

 これは、基本は酒はビールがメインなので何とも…笑。ビールは基本サッポロ、贅沢するときはヱビスで固定です。で、焼酎に行くときはいいちこ。もう、これはゆるぎない。ので、感動した酒のつまみも含めつつです。ちなみに書き始めてるこの時点で何も考えてません、笑。

 ~第三位~

 やっと飲めました。獺祭スパークリング!広島に行ったときに、カキフライと、白桃生ハムと!日本酒というよりはスパークリングワインに似たような感じでした。いやー、本当に広島、いいですね。ちなみに写真がありませんがおつまみの写真がありました笑。


カキフライ

生ハム白桃

 店の名前を忘れてしまいましたが、広島市内の原爆ドーム近くのお店でした。AMPSもESIも取ってしまって、もうなかなか広島に行く機会がないと思うと残念です。

 

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 ~第二位~

 すみません、これは尾道のお好み焼きです!!お好み焼きあそうです。尾道、三原のあたりは、広島焼きでもさらに変わっていて、砂肝入れたり、こだわりの店は、四国から取り寄せた、うどんでお好み焼きしたり。しかもどこもおいしい。私も講習会中は毎晩お好み焼きでした。私は行った中であそうが一番おいしかったですが、正直どこに入ってもあんまりはずれはないと思います。

 お好みや焼き

 もう、県立広島大に講習受けにいったら夜は食い倒れです笑。また行きたいなー。

 お好み焼きあそう

 ~第一位~

 三位、二位はほどほどに予想していたおいしさでしたが一位は、正直予想外のおいしさでした。名古屋の味噌おでんです!まず、名古屋の味噌はとにかく甘く、人によるみたいな前評判を聴いていたので、どうかなーと思っていました。で、食べてみたら以外にもおいしい。そして、味がとにかく濃い笑。酒にあう。これも店を忘れてしまいましたが、立ち飲み屋でした。

みそおでん


 

 講習会に行ったおかげで、いろんなものをたべられましたー!2017年は遠出はあまりしないと思うけど、美味しい酒と、つまみをたべられるといいなー。



☆音楽☆

 今年は、大本命椎名林檎も何も発表しないし、ゲスとインディゴが伸びてくるかなと思ったらいきなりスキャンダルだし、なんか難しいところです。シングル、アルバム、映像、お構いなしで考えようかと思います。

 ~第三位~

 クリープハイプの、世界観でしょうか。これは結構よく聴きました。尾崎世界観は小説も書いてましたし。なんとなく印象に残る作品でした。

 

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 今までの感じ以外にもラップを入れてみたり、今までにはない曲風を作っていたように思います。

 ~第二位~

 これは微妙な…。シングルでしたが、年末にでたceroのシングルでしょうか。街の報せです。

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 まず、良心的な値段。メジャーじゃ考えられない。懐に優しい。そして、聴けば穏やかに慣れるのが、ceroの良さです。


 ~第一位~

 これはもう決まっていました。星野源の恋です。今年は本当によく聴きました。星野源大躍進の年でしたね。SAKEROCKから応援しているので、うれしい限りです。ライブにもいきました。

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 本人もさることながらバックバンドも、素敵。特にギターの長岡さん愛してます。



 ☆作業療法☆

 今年は何に影響されたでしょうか…ちょっと難しいです。対して本も読んでないし…。うーん。

 作業療法につながるようなものでしょうか。

 ~第三位~

 哲学ってよくわからないけどなんか作業療法とつながりがありそうと思ったけど、敷居が高いなーと思っていたときに出会った本。なんか表紙が手に取りやすかった、読まずに死ねない哲学名著50冊。

 

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 この本に出会ったことで、よい生き方とは何かとか、あんまり踏み入れないほうがいい領域に足を踏み入れてしまいました(白目

 

 ~第二位~

 アドラー心理学も今年出会ったのか…ちょっと覚えてないです笑。でも嫌われる勇気は今年読んだんじゃないかなぁ。対談形式になってて、フロイトとかとの比較もあったりわかりやすかったです。

 

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 自分自身も前向きになれる本でした。

 ~第一位~

 これは、やはりOTIPM(作業療法介入プロセルモデル)の本だと思います。年始や秋あたり、AMPSやESIのデータを集めていたときに、よく読みました。

OTIPMの訳本はこちら

 結構強い信念のもと書かれているような気がするんですが、私も理想はこのモデルで、実際の作業を使って、効果を出すということは今後もなるべく追求したいと思っています。

 ただ、そうすると現実がつらくなるときもあるのでほどほどに追求します苦笑。





 さあ、日本酒を飲みながらでしたのグダグダでした。

 来年の作業療法での目標は自分の頭の中の「見える化」です。子供が生まれて、講習に行きにくくなるかもしれませんが、今まで勉強した理論、ツールでの見える化は家でも進めていけると思っています。

 自分がやっていることに、疑問を持たぬように日々、精進します。




 それでは、良いお年を!ではまた。
 酒の席が多くなるこの時期は毎回何かやらかす、なんか本音で話して傷つく、酒OTです。

 やっぱり大人数で飲むより、一人で飲むかサシ飲みが一番。





 で、昨日も休み前だったので、忘年会があったので、ちょっと(いや、だいぶか)飲んでました。その時の話が以下のツイート。

 






 ショック、ショックうるせーっていう笑。そして、信念対立の嵐苦笑。

 私が勉強会でお会いする人や、ツイッターでフォローさせていただきている方々は、作業療法がしたくて、制度改定に向けてはリハの質を上げていくべき、といったような考えをお持ちの方が多いと思います。

 でもよく考えると、勉強会に参加するような人は、似たような考えの人が集まっていて、ツイートした、先輩のような考えの方が実際は多いのかな、なんて考えたりしていました。

 



 私が、理学療法と作業療法が違うものと思ったのはいつ頃だったんでしょうか。

 

 病院勤務のときは、なんとなくADLと上肢を見ていました。それは、作業療法士としてという感覚はほとんどなく、それが病院内で与えられた仕事だったから、のような気がします。そう考えるとしっかり役割は別れていたのかもしれないですね。

 ADLは反復練習、上肢はプラットホームでROMしてから、座位か何かで、動かす練習みたいな感じが常でした。しかし、これじゃだめだみたいな感覚はなかったように思います。というかそんなこと考える余裕もなく、ただただ毎日つらかったような…。

 しかし、実習生が見学に来た時のことです。人工骨頭の方だったか…。当時、PTもOTもとにかく患側をもんでいたので内出血をする感じの方でした。まあほどほどにADLは自立していたような…。ちょっと曖昧ですけど。「理学療法と作業療法って何が違うんですか」と言われました。私も「うーんなんでしょうね」と答えた様な気がします。一年目でしたし。(ちなみに当時、実習生だった彼と、作業系の勉強会でお会いして、色々と話すことができたことは、私にとっての救いです。)

 ADLも自立してるし、もんで、筋トレして終わりのような感じの内容だったような気がします。皆同じことやってるし、こんなもんだろうと思っていました。そう考えるとこのころは同じでもよいと思っていたのかもしれません。しかし、なんとなくもやっとした感じが下のは事実です。

 そして、一番私の方向性を決定づけたのは、工事現場に戻る骨折のクライエントとともに、重たいものを使って、畑仕事をしていた時でした。PTの先輩から「背部のトーンがあがるから本当にやめて」と言われた、というか怒鳴られたことです。あれ、作業療法ってなんだっけと悩んだのを覚えています。



 それから、作業療法とは何かを探し始めた様な気がします。

 

 カンファレンスでは、とにかく数値で伝えることというルールがありました。OTはADLに問題がない人は、上肢のマシンの負荷とかの数値かいてたな…。IADLの評価で悩んでいたときちょうどCOPMと出会ったのもこの時期です。 

 COPMを知ってからというもの、作業療法のとらえ方が変わると同時に、病院の作業療法のあり方にも疑問を持つようになってきました。

 そして、職場でのストレスもピークに達していたころ、私は訪問看護ステーションに転向しました。

 

 訪問看護ステーションでは一か月くらいの同行訪問をしたのち、一人で回り始めました。思えばそこから、今に至るまで、自分の殻に閉じこもり始めていたのかもしれません。

 機能訓練に偏ってしまう、長期利用をどうしたらいいか、など、色々な悩みはあるものの、かなり自由に家事や、外出ができる環境に、私の中では作業療法はこういうふうにすすめたいなー、こういう作業療法をしてみたいなーという、思いが大きくなりました。

 一人で回りながら、作業療法ってこういうものだよなーとなんとなく、思えることが増えてきました。

 また、職場を変えて、余裕ができ、MOHOの講習会や、AMPS講習会にでたことにより、私の中の作業療法の理想はますます大きなものになって行きました。

 



 さあ、来年も頑張るぞーと、思っていた矢先の先ほどのツイートの内容であったのでショックが大きかったでしょうか。
 
 その先輩からしてみたら私が、MOHOやAMPS、MTDLPの伝達講習をしている様子が、作業に偏っていると思ったところもあったのでしょうか。

 その先輩からは、作業療法の理論の話をするときに役に立つのか、と質問されたこともありました。



 
 


 私自身感じているんです。

 作業療法の理論なんて役に立たないんじゃないか。

 ケアマネや、家族からは、歩行や機能改善の希望が多く、会社もほとんどPT、OTを使い分けていない。

 その現状からしてみたら、作業療法の知識よりも、理学療法の知識に比重を置いたほうが、よっぽど良いのではないか。








 そもそも、作業療法士が作業療法を必要としていないんじゃないだろうか。







 なんか、久しぶりにちょっとつらいです。










 しかしね、さっきから先輩の意見に振り回されすぎ、というのを書いてて思いました。将来を作っていくのは若手なんだから、そんな、意見に流されすぎないよう、日々精進していくしかないですね。孤独ですけど。








 作業療法がなくなるのは、作業療法士が作業療法を信じなくなったとき、みたいな名言ありましたよね?(適当)これ、元を忘れてしまった…。

 でも、本当にそう思います。

 

 





 来年はこだわりを捨てて穏やかにやりたいとツイートしたばかりだったのに、いやはや…。

 

 子供が保育園に入れることになったら転職しようと思っていたので、後一年半くらい、さて、この事業所にいる間に何ができるんだろうか。

 

 久しぶりに重めでした。まとまらなかった笑。ではまた!
 
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